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評価:
京極夏彦
メディアファクトリー
¥ 1,449
(2008-07-16)
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ああ、手首だと、私は思ったものである。
切断された手首だとは思わなかった。誰の手首だろうとも思わなかった。
ただ、手首だと思った。何故かは解らない。(「手首を拾う」より)
怪談雑誌「幽」に連載された短編を収めた本。
■「手首を拾う」
男は汽船に乗り、七年前に妻と訪れた旅館へ向かった。以前と同じ部屋に通されて、三年前に別れた妻のことや、ふたりで旅した時のことを想う。そして、ここで見つけた手首のことも……。
■「ともだち」
男は有給を取り、三十年以上前にほんの数年過ごした場所へやってきた。長い月日が過ぎて、以前とは違った様相を呈する街をあてもなく歩く。電柱の横には旧友の森田君が立っていた……。
■「下の人」
下の人がうるさい。しかし住んでいるのはマンションの1階だ。下の人は、何かを擦るような、身じろぐ気配のような、そんな微かな音を立てる。時にはしくしくと掠れた声で泣く。下の人は、ベッドの下に居た……。
■「成人」
「人形のどうぐ」という題の小学生が書いた作文。「奇妙な箱」という題の高校生が書いた文章。そしてそのふたつの話を繋げる、B君が成人式の晩に体験した奇妙な出来事。
■「逃げよう」
子供の頃、がむがむがむ、という声を発する、翠色の変なものに追いかけられて逃げた。僕はおばあちゃんの家に逃げ込んだ。汚くて、臭くて、嫌いだったおばあちゃん。しかし、僕のおばあちゃんは8歳の頃に死んでいる。では、あのおばあちゃんは……。
■「十万年」
人はみな違っている。だからその目で世界を見たら、人それぞれ違って見えるのだろう。自分が見ているものが果たして正常なものなのか。そもそも、そんなことを思う時点で既に正常ではないのかもしれない。そんな男の中学時代のクラスメートに、霊が視えると言っていた女生徒がいた。
■「知らないこと」
隣に住む中原光次という親父は、頭がおかしい。彼の奇行を、中原ウォッチャーを名乗るニートの兄が、私に逐一報告するのだが……。
■「こわいもの」
怖いものとは何か。男はひとり黙考する。死に関係するものが怖いのだろうか、それとも嫌いなものが怖いのだろうか。しかし考えれば考えるほど、男は恐怖から遠ざかってしまう。恐怖とは、いったい何なのか……。
一番良いなと思ったのは、「手首を拾う」です。私は川端康成の「片腕」がとても好きなのですが、もともとどこか、手首だの指だの腕だのに惹かれる性質なのかもしれません。「十万年」は、意外や意外の恋愛ものでした。「こわいもの」は、まるで禅問答のよう。
「怪談」ではなく「幽談」としているだけあって、人の心が幽かに揺れる瞬間を書いている印象でした。思ったよりずっと読後感が軽いなあ。うっすらとした話が多いせいか。
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