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評価:
夏目 漱石
新潮社
¥ 420
(1976-07)
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静かに聴いていると、丸くて細やかで、しかも非常に速やかである。菫程な小さい人が、黄金の槌で瑪瑙の碁石でもつづけ様に敲いている様な気がする。(「文鳥」より)
虫の音を聴きながら、秋の夜に読むのにいいかと久しぶりに漱石を読む。
昔読んだときには「夢十夜」が一番好きだったけど、今読むと「文鳥」がとてもいい。門下生の三重吉に勧められて文鳥を飼うことになった著者は、忙しさに紛れて次第に文鳥の世話を怠るようになり、そしてある日とうとう文鳥は死んでしまう。
白く可憐な文鳥の姿に「
淡雪の精の様な気がした。」と思い、文鳥が餌をついばむその微かな音に耳を済ませては、冒頭で引用したように「
菫程な小さい人が、黄金の槌で瑪瑙の碁石でもつづけ様に敲いている様な気がする。」と思う著者。このあたりの描写が素敵。なんだ、気に入ってるじゃありませんか。三重吉があんまり言うもんだから・・・ってな風を見せているけど、飼ってみたらその姿を愛でている。可憐な文鳥に昔の女の面影を呼び起こされて、時折それと重ね合わせて見る。一見、文鳥ありきなのか、その女の思い出ありきなのかと思うけど、多分、文鳥の美しさと儚さを強調させるために、女の仕草を引き合いに出しているんだろうな。
おっかなびっくり文鳥の世話をするたびに、心の中で文鳥を持ってきた三重吉に文句を言うのには笑いました。世話の仕方を細かくレクチャーして帰った三重吉。ひとりになった著者が餌遣りをする際に、逃げないよう鳥籠の戸を押さえたはいいが、無心にチチチと啼く文鳥に、逃げると疑ったことを後悔して「
三重吉は悪い事を教えた。」と思い、慣れれば指の先から餌を食べると聞いていつか自分もそれをやってみたいと何度もトライするものの、一向指先から餌を食べてくれない文鳥に落胆して「
三重吉は嘘を吐いたに違いない。」と拗ねる。一羽の文鳥を前に、気難しげな先生が内心で一喜一憂している姿が微笑ましい。そうなんでも三重吉のせいにしては可哀想です(笑)
しかしですね、文鳥が死んだのは裏表紙のあらすじに書いてあるような家人の不注意のせいじゃなくて、漱石先生の怠慢に因していると思いますよ。毎日執筆や金の無心に訪れる人々の相手に忙しい先生が、文鳥の世話にかかりきりになるのは到底無理でしょうが、一言細君や下女にこれこれよろしく頼むと言っておけばよかったんじゃないのかな。周囲もどこまで手を出していいのか図りかねていたのでは。文鳥が死んだと葉書をもらった三重吉も、返事に困ったことでしょう。
掉尾を飾る「手紙」も、起承転結がきちっとあって面白かったです。重吉みたいな男は、性質が悪い。
【収録作】
文鳥/夢十夜/永日小品/思い出す事など/ケーベル先生/変な音/手紙
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