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2011.01.19 Wednesday * | - | - | -
* 『ふたりの距離の概算』米澤穂信
評価:
米澤 穂信
角川書店(角川グループパブリッシング)
¥ 1,470
(2010-06-26)

 古典部シリーズの最新刊。
 ホータローたちの下に新入部員・大日向が入ってきた。しかし彼女は仮入部期間終了と共に古典部をやめると言い、ホータローはマラソン大会の最中にこの数ヶ月の古典部を振り返って、大日向が辞めようとしている理由を推理するのだが……という話。
 省エネ主義のホータローがマラソンをしているのも面白いですが、走りながら推理をするというのもちょっと変わっていました。前作の終わり方が終わり方だったんで、タイトルを見たときはホータローと千反田のふたりのことが描かれているのかと思っていました。ちょこっとは触れられていましたね、このふたりのことも。タイトルは何組かのふたりを当てはめることができました。今回の話のメインである大日向ともうひとりについては、ほろ苦い。飄々としているようで、いつも最後にちくっと痛みや苦味が残るのが古典部シリーズの魅力ですな。一歩人から引いたところにいるホータローが、千反田のことを理屈からでなく人柄から信じたのは大きな変化かもしれませんね。

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2010.09.08 Wednesday * 17:01 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(0)
* 『追想五断章』米澤穂信
評価:
米澤 穂信
集英社
¥ 1,365
(2009-08-26)

 すべてはあの雪の中に眠っていて、真実は永遠に凍りついている。(「終章 雪の花」より)

 経済的な事情から大学を休学し、伯父の家に居候して古書店の手伝いをしている菅生芳光。ある日、亡くなった父親が書いた五つの短編小説を探している女性と知り合い、報酬に惹かれてその手伝いをすることにする。彼女の父親が書いた文章は、どれもリドルストーリー(結末をはっきりと書かずに読者に委ねる話)で、暗い印象のものが多かった。そしてそれらを調べていくうちに、作者がかかわっていた過去のある事件が見えてきて――。

 「小市民」シリーズでも「古典部」シリーズでもない、ノンシリーズの新作。抑えた文章で、静かに淡々と話が進んでいきます。一読して思ったのは、連城三紀彦っぽいなということ。今までの米澤作品にない渋みみたいなものがあります。『犬はどこだ』でも感じたような、苦いけれどまったくのバッドエンドというわけじゃない、これこれこういう話なのと人に説明しにくい作品でした。『インシテミル』みたいなミステリマニアがうひゃうひゃ喜ぶガッチガチな設定は出てこないし、「小市民」「古典部」のようなキャラがどうこうってものでもない。一見地味な印象なんだけど、でも、じんわり残るもののある話。米澤さんってこういう話も書くんだ、と新しい面を見せてもらった気がします。引き出し多いなあ。
 ひとつずつ見つかっていくリドルストーリーとその結末も気になるし、それらが過去の事件の真相を浮かび上がらせる複雑な絡まりもよかったです。
 本の装丁もまた古書っぽさを意識したものになってますね。タイトルや作者名のフォントとか。表紙のタイトル部分で「五」の字だけ他と違うフォントなのが、細かいところに凝っているなあと思いました。

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2009.10.29 Thursday * 20:14 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(2)
* 『秋期限定栗きんとん事件 (下)』米澤穂信
『なあ常悟朗。俺は思うんだが、お前は結局、小市民じゃないんだよ』(「第五章 真夏の夜」より)

 「栗きんとん」の下巻。上巻から引き続き、次第にエスカレートしていく放火事件の顛末と、小鳩くんや小佐内さんの再会が見所。
 放火事件を追う瓜野くんは少々視野が狭くて思い込みが強いので、読んでいてハラハラしました。レシートの件では、なかなかじゃないかと思わせて……。小鳩くんの推理が開陳される段になるとほっとします。小鳩くんの推理は安心して読んでいられるわ〜。
 栗きんとんとマロングラッセを暗示的に使ってましたが、そういや刊行前の予告タイトルは『秋期限定マロングラッセ事件』だったような。すると、マロングラッセのままだったら内容も少しは違ったものになっていたのでしょうか。
 私が米澤作品を好きな理由に、10代の万能感と挫折感がほろ苦く痛く描かれているというのがあるんですが、これもまた苦いですね。私は大満足ですけど、登場人物の立場だったら痛いなあ。

 それにしても出てくるスイーツの美味しそうなこと! 毎回毎回、出てくるスイーツが食べたくてしょうがなくなります。栗きんとんと抹茶のセット食べたーい。
 解説が辻真先氏も書いてましたが、「冬期限定〜」が出たら完結してしまうんでしょうか。

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2009.04.02 Thursday * 20:40 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(1)
* 『秋期限定栗きんとん事件(上)』米澤穂信
 ぼくはこう思っている。――どうだ。その程度でぼくに謎をかけようなんて、おかしくって話にもならない。もうちょっと手の込んだやつで、出直してきてくれないかな。
 言えないのだ。そんなことは、もう。 (「第三章 とまどう春」より)

 待ってました。「小市民」シリーズ新刊。春・夏ときて秋がようやく出ましたね。それも上下分冊。少しでも長く楽しめるのは嬉しい。
 いつでもどこでも推理せずにはいられない小鳩くんと、小学生にも見紛う容姿と裏腹に嬉々として復讐に勤しんでしまう小佐内さん。自分の性によって嫌な思いをしてきた反省から「小市民」を目指そうとしているふたり。そんな彼らが互恵関係を解消してしばらく経った頃、それぞれに付き合う相手ができました――というところから始まっています。
 上巻では小鳩くんと小佐内さんが顔をあわせることなく話が進んでいきます。いつふたりが再会するかが、一番気になるところ。
 小市民たるべく毎週デートを重ねる小鳩くんが、気づくと彼女そっちのけで頭の中で推理を始めてしまう場面には笑いました。それでこそ小鳩くん。だけど、それじゃあ遅かれ早かれ愛想を尽かされてしまうんじゃ……。小市民を装うのなら、彼氏彼女なんてお互いの内部に入り込もうとする関係は持たないほうがいいですよ。
 一方の小佐内さんが付き合い始めた瓜野くんは、なんだか非常に危なっかしい。新聞部で大きい事件を物にしようと奔走するのはいいけれど、どうも思慮に欠けるような。しかし、彼の追いかけている連続放火事件が次第に大きなものへと発展していくのには、こういっちゃなんだけど期待しています。どんな風に繋がるのか、放火犯は誰なのか。
 新聞部といえば、小鳩くんの友人・堂島健吾が部長を務めているのですが、後半ぐっと存在感が増してきて嬉しいです。前半は瓜野くんの視点で語られているので、どうしても過去の事件で小鳩くんたちと行動していた健吾と同一人物という感じがしなかったんですよね。小鳩くん視点の語りの中に登場してくれてようやく役者が揃った観がありました。
 それにしても、小佐内さんが甘いものを好きな理由には、驚くと同時に「なるほど」と納得しました。この上巻で一番驚いたところかも。
 さて、下巻読もう。

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2009.03.31 Tuesday * 01:47 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(0)
* 『儚い羊たちの祝宴』米澤穂信
評価:
米澤 穂信
新潮社
¥ 1,470
(2008-11)
「バベルの会はこうして消滅した」

 米澤さんて、女性視点の語りが巧いなあと思った一冊。「身内に不幸がありまして」「北の館の罪人」「山荘秘聞」「玉野五十鈴の誉れ」「儚い羊たちの晩餐」の5編が収められた短編集ですが、どれもラストのオチがぴたっと嵌って気持ちいい。みな登場人物もシチュエーションも異なっているけど、どの話にも「バベルの会」というとある大学の読書倶楽部が、各話をうっすらリンクさせるキーワードとして出てきます。
 本好きとしては、ふんだんに出てくる書名も思わずチェックしちゃいますね。未読のものは読みたい本リストに入れました。 

■身内に不幸がありまして
 5歳のときに丹山家に使用人として引き取られた、孤児の村里夕日。彼女が心酔していた吹子は丹山家の跡取りとして美しく賢い令嬢に成長した。吹子が大学に進学した夏、とある出来事が起こり、夕日は人に言えない悩みに苛まれ……。

■北の館の罪人
 六綱家に妾の子として訪れた内名あまり。母を亡くしたあまりは、黒窓館と呼ばれる別館で幽閉されている早太郎の世話をすることになり、外に出られない早太郎に頼まれて、酢や糸鋸などの雑多な物をたびたび外へ買いに出るのだが……。

■山荘秘聞
 それまで使えていた家が傾き、それまでの主の紹介で辰野家の別荘に管理人として着任した屋島。優秀な彼女は常にベストの状態で別荘を管理していたのだが、一年経っても誰も訪れず……。

■玉野五十鈴の誉れ
 跡継ぎの男子がいない小栗家の一人娘として、常に厳しく祖母に躾けられていた純香。十五の誕生日に人を使うことを覚えるようにと祖母から贈られたのは、純香専属の使用人・玉野五十鈴だった。純香と五十鈴は密かに親交を深めたのだが、純香が大学生となったある日……。

■儚い羊たちの晩餐
 荒れ果てたサンルームの円卓に置かれた一冊の日記帳。その最初の頁には「バベルの会はこうして消滅した」という走り書きが残っていた……。

 一話一話の内容も全体を最後の話で大きく一括りにする構成といい、丸々一冊好みの本でした。文句なしに面白かったです! それにしても米澤さん、お嬢様が好きですね(笑)

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2008.12.19 Friday * 22:24 | 米澤穂信 | comments(2) | trackbacks(1)
* 『遠まわりする雛』米澤穂信
評価:
米澤 穂信
角川書店
¥ 1,470
(2007-10)
 『十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい』 (本文「心あたりのある者は」より)

 「古典部」シリーズの最新作であり、七つの短編からなる短編集です。このシリーズは日常の謎を扱っていて、いろいろなアプローチで読ませてくれるのですが、今回はなんといっても「心あたりのある者は」が出色でありましょう。
 ホータローの推理能力を褒める千反田えると、それを「運がいいだけ」と否定するホータローこと折木奉太郎。冒頭で引用した校内放送の文言から、誰がどういった理由で呼び出されたのかを推理していくという、あらすじを語るとそれだけのことなんですが、それがホータローと千反田の二人の対話によってひとつひとつ可能性を広げ、あるいは潰していくことで、驚きの真相へ辿り着きます。シンプルだけど、だからこそラストで「おおっ!」という気持ちよい感嘆の声が上がりました。ハリイ・ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』のよう。この一編は、推理作家協会賞短篇部門候補作にもなっていましたね。

 学校の七不思議のひとつを解明する「やるべきことなら手短に」、自分にも生徒にも厳しい数学教師が犯した勘違いの理由を解く「大罪を犯す」、温泉旅行へ出かけた古典部メンバーが遭遇した幽霊の話「正体見たり」、放課後の校内放送から驚くべき真相へ到達する「心あたりのある者は」、初詣に出かけた千反田とホータローが閉じ込められてしまった納屋から脱出しようと悪戦苦闘する「あきましておめでとう」、摩耶花が里志のために作ったバレンタインのチョコレートが消えた「手作りチョコレート事件」、千反田がお雛様として参加する雛祭りの行列に関わるトラブルを描いた「遠まわりする雛」。
 七編が時系列に並んでいて、順を追って読むことで入学直後から二年生へ進級するまでに、登場人物たちの関係が少しずつ近づいていくのがわかります。ホータローの省エネ主義は相変わらずであるものの、いやいや謎を解いていたのがほんのちょっとだけ自発的に動きつつあるんじゃないでしょうか。
 巻末にある「遠まわりする雛」のラストでの、ホータローの胸に抱いた言葉と実際に発した言葉の差異が、なんとも甘くほろ苦い。言っちゃえよ、ホータロー!
 これから先、卒業までの間に彼らがどんな選択をし、どんな道を見つけるのか。見守っていきたいと思います。

【このシリーズの感想】
 ・『氷菓』
 ・『愚者のエンドロール』
 ・『クドリャフカの順番 「十文字」事件』

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2007.11.07 Wednesday * 22:53 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(1)
* 『インシテミル』米澤穂信
評価:
米澤 穂信
文藝春秋
---
(2007-08)
 警告
 この先では、不穏当かつ非倫理的な出来事が発生し得ます。
 それでも良いという方のみ、この先にお進みください。(本文より)

 殺人事件を書くことで、それに至った人間関係や心理描写、社会背景などを深く掘り下げた作品も好きですが、こういう単なる偶然や気まぐれや理由無き犯行の介在しないミステリのためのミステリ、ミステリ読みがニヤニヤして頭の中でいろんな作品を思い浮かべながら推理をこねくり回して読み進めるような作品も大好きです。

 時給11万2000円の求人広告に集まった12人の人間。彼らはある<実験>のために集められたと説明を受けるが、それは外界から隔絶された「暗鬼館」内での殺人ゲームのことだった。ラウンジのテーブル上には人数分のインディアン人形、個室にはひとりひとつの武器、意味深な十戒、部屋には鍵がかからず、廊下は湾曲していて他者の影を察知することが出来ない。そして24時間<実験>企画者に観察され続けるのだ。

 出てくる小道具がことごとくミステリのガジェットなので、登場人物たちの中でも一般人とミステリオタクとでは得られる情報量が違います。例えば「ニコチン」という単語が出てきたとして、普通の人は煙草とかを連想するだろうけど、ミステリ読みならまずアノ作品を思い浮かべるでしょう。(まったくの余談ですが、私はあのシリーズの中ではその作品が一番好きです)
 館の設計から食事の配給方法までそこに込められた意味を読み取れるでしょう。それは他者よりも一歩有利な立場であり、また逆に思い込みに囚われやすい立場でもあります。終盤それが上手く作用する場面があって「おおっ」と思いました。ミステリ読みはどうしても、あるべき真実や叩いても叩いても綻ぶことのない美しい論理を見つけ出そうとし、そしてそれが当然正しい行いだと思ってしまう。そんな性が上手く使われているなあ、と。犯人の指摘や推理の開陳がどれほどの意味や価値を持つのか、一般人とミステリマニアでは違うのだと、私も忘れていました。
 不条理な設定に突然放り込まれた人たちという内容もそうですが、ともすれば悪趣味なまでにミステリにこだわった<実験>に惹かれてぐいぐいと読み進めました。いろいろとルールがあるんですよ。犯人を指摘する探偵となれば時給が3倍に跳ね上がるとか、その際助手と指名されればその人間も時給が1.5倍になるとか、ひとり殺すと2倍とか。
 そういった縛りの中で、何もせずに時間を過ごして高額な時給を稼ぐという最も穏健な方法から外れていく様子も見所かもしれません。登場人物たちの、このアルバイトに集まった背景が全くといっていいほど書かれていないのも、純粋にこの館内で起こる出来事のみに集中するためでありましょう。怨恨とか恋情とか、已むに已まれぬ事情とか、そういった情に訴えるものがない。ただここにあるミステリをご堪能あれ、という感じ。そこが逆に清々しかった。最近そういうの読んでなかったんで。

 副題は"THE INCITE MILL"。読後に見直すと「なるほど〜」と思います。「インシテミル」は「(本格ミステリに)淫してみる」って意味だと米澤さんのサイトで読んだ気がするんですが、さて、どうだったか。
 「クローズドサークル」や「館モノ」という言葉にトキメキを覚える向きには、それだけでもうとりあえずオススメじゃないかと(笑)

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2007.10.12 Friday * 13:34 | 米澤穂信 | comments(2) | trackbacks(2)
* 『クドリャフカの順番 「十文字」事件』米澤穂信
 絶望的な差から期待が生まれるというのが妥当とするなら、俺はどんな方向でも差に気づいてさえいないようだ。身を震わせるほどの切実な期待というものを、俺は知らない。憧れを知らない。眼下に星を持たない。
 ……それともいつか、俺にもその「順番」がまわってくるだろうか?(本文より)

 「古典部」シリーズの三作目。いよいよ始まった神山高校文化祭、通称「カンヤ祭」。一作目の『氷菓』ではこのカンヤ祭の名前の由来を解き明かし、二作目の『愚者のエンドロール』では文化祭に出品される自主制作映画についての謎が語られていました。それを読んできていたので、この三作目で賑々しく開催されているカンヤ祭に冒頭からワクワク。謎解きもありますが、なによりもこの文化祭の雰囲気を楽しみました。妙な活気と慌しく浮き足立った独特の雰囲気。文化祭っていいですよね。中でも野外でのお料理バトルは面白かった〜。みんな、なかなか料理できるじゃないですか。私高校生のときにこんなに料理できませんでしたよ。……まあ、それは今でもか。天文部の宇宙人的感覚の料理が気になります(笑) 味は? 味はどうなの?

 えー、そんなこんなでお料理バトルやマジックショーやらいろんな出し物を読者も楽しみながら、その中で起こる連続盗難事件に嵌りこんでいきます。
 と、その前に。
 前作で文化祭に古典部として発行することに決定した部誌の「氷菓」が、ちょっとした手違いで30部印刷の予定をはるかに上回る200部が刷り上ってしまい、古典部メンバーはなんとかそれを売り切ろうと奔走します。里志はいろんなイベントに顔を出して古典部と「氷菓」をアピールすることにし、部長である千反田はさまざまな伝手を辿ってお願いに周り、ホータローは部室で店番。摩耶花は今回漫研のほうで結構シリアスな状況に陥っているので、あまり古典部に顔を出さないのですが、今回古典部部室に詰めているホータローが一番出番が少ないので、摩耶花は逆に出番が多くなっています。漫研内部の派閥揉めに関する描写が出てくるんだけど、ああいうことってあるあると思って読んでました。どの団体でも人が複数集まれば自然とできてしまうものなのか。当事者になると大変だけど、分かっていても黙ってられずに意見を言ってしまう摩耶花が彼女らしい。
 語り手が古典部メンバーそれぞれに満遍なく振り分けられ、今までその内面をよく知ることのなかった里志や摩耶花らの視点が珍しかった。特に里志については、いつも飄々としていてふらふらとあちこちに顔を出したりホータローを焚き付けたりしている裏で、こんな風に見ていたのかというのがよくわかりました。ホータロー視点だと一体なにを考えているのやらという、ヘラヘラした人物に見えていた里志も、内面ではいろいろと複雑ですね。摩耶花に対する気持ちとか、ホータローに対する気持ちとか。
 唯一、千反田だけが裏も表もない、いつものまんまの彼女でそれが笑いを誘います。そのままの彼女でいて欲しいような、これからなにか一石を投じる出来事があってその内部が変化するさまを見たいような。ちょっと未知数な感じ。

 そして、件の連続盗難事件。各部活やサークルから盗まれるちょっとした物が、ひとつのメッセージとして明かされるラストと、それまで摩耶花や里志視点のときに語られていた諸々とかオーバーラップし、ホータロー単体での謎解き場面のはずなのに物語全体と重なり合ってひとつの奥行きあるほろ苦さを醸し出していました。おお〜、お見事。
 高校時代ってキラキラして無限の可能性を秘めた希望の時って感じがするけれど、決してそれだけじゃないですよね。可能性はあるけれど、自分に出来ることとやりたいことの狭間や限界を感じ取ってしまう、挫折を知る時期でもある。
 すべて読み終えて本を閉じたとき、このタイトルの秀逸さに唸りました。いいタイトルだ。

 あ、作中にアガサ・クリスティの『ABC殺人事件』に言及する部分があるので、未読の人はご注意を。そしてこれはシリーズ前二作を読んでから読むことをオススメします。単体でも読めるけど、これまでの経緯を知ると知らないとでは魅力が半減してしまうかも。
 ところで、『愚者のエンドロール』ではアントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』、本書『クドリャフカの順番』ではクリスティの『ABC殺人事件』が出てきましたが、このシリーズ名の「古典部」ってのはもしかしてミステリ黄金期、いわゆる本格古典ミステリに絡めてあることと関係あるのかな? 『氷菓』にはこれといった作品へのオマージュは感じられなかったけど、ホームズやルパンその他の古典作品を登場人物たちが読んでいるかどうかについて言及はしてましたよね。で、ホータローが読んだ本(多分、東京創元社の創元推理文庫)のことを聞いて里志が「堅実なラインだね」なんてこと言ってたし。だとしたら、これからもこのシリーズにはちらっちらっと懐かしい古典名作のタイトルやなんかが出てきてくれたりして、古典ミステリ好きな私はそのたびに嬉しがると(笑) ちょっと穿った見方でしょうか。古典部の名前の由来もそのうち明かされるかな。

【このシリーズの感想】
 『氷菓』(シリーズ一作目)
 『愚者のエンドロール』(シリーズ二作目)

 本ブログ 読書日記
2007.07.17 Tuesday * 14:41 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(2)
* 『愚者のエンドロール』米澤穂信
 戸惑いを隠せないながらも、伊原が反論する。
「で、でも先輩。密室はどうなるんです。鍵がかかっていたのは」
 何でもないことのように、沢木口はさらりと答える。
「別にいいじゃない、鍵ぐらい」 (本文より)

 う、うおおお。こんな言葉が出てくるとは(笑)
 ミステリ読むときはつい自分も一緒になって推理して、館モノだったら巻頭に付記されている見取り図なんかも何度も見返して、「あれはこうだからこうなるかも……いやいや、それだとあれがああしたのは辻褄が合わないよな……」なんて頭を悩ませるタイプの私としては、登場人物にこうあっさり言われちゃうとびっくりですよ。「別にいいじゃない、鍵ぐらい」……ああ、そう思えたらもっと人生楽になってたか?(笑) いやまあ、そうだとしたらこんなにミステリ好きにはなってなかったですよね、きっと。美しい謎が解ける瞬間のカタルシスが好きだから。

 『氷菓』に続く、古典部シリーズ第二作目。
 毎年盛大な文化祭を催す神山高校。普通は文科系の部活が主役となるそのイベントに、2年F組の有志はビデオ映画で参加しようとする。内容を「ミステリー」とだけ決められたその映画は、脚本製作者の事情によって未完のまま宙に浮いてしまった。作中、廃屋の密室で腕を切り落とされて死んでいた少年。脚本家の考えていたトリックはなんだったのか。

 いきなりホータローが推理を始めるのではなく、制作スタッフたちから出される仮説を古典部の面々が検証して、脚本として本来あるべきものだったはずのトリックを探すという内容。英文のサブタイトルを見たときは「おや、クリスティ?」と思ったけど、実際はバークリーの『毒入りチョコレート事件』風味でした。「毒チョコ」好きなんで、こういう仮説と反証のやりとりが続く話は好み。しっかり本格でしたね。私も一緒になって考えて、推理を楽しむことが出来ました。欲を言えば、仮説はもっと多くてもいいと思うけど、物語を円滑に進めまとめるにはこれくらいがちょうどいいのかな。あんまり詰め込んでも、青春小説としての面白さと乖離してしまいそうだし。
 そう、青春小説なんですよ、これは。
 自称「省エネ」少年のホータローだけど、なんのしっかり青春してるじゃないですか。今回ホータローに訪れるある変化とその先は、痛くてちょっぴりほろ苦い。ある種滑稽ですらある。けれど、その滑稽さや痛さこそが若い年頃特有のものですよね。そしてそこに、とても共感を覚えるのです。
 ミステリとしても、二転三転する構成はとても楽しく贅沢でした。うん、面白かった。
2007.06.02 Saturday * 16:37 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(1)
* 『氷菓』米澤穂信
評価:
米澤 穂信
角川書店
¥ 480
(2001-10)
 だが、もし、座興や笑い話ですまないなにかに取り憑かれ、時間も労力も関係なく思うことができたなら……。それはもっと楽しいことなのではないだろうか。それはエネルギー効率を悪化させてでも手にする価値のあることなのではないだろうか。(本文より)

 古典部シリーズ第一作目。小市民シリーズの探偵役小鳩くんと同じように、折木奉太郎(おれきほうたろう)もまた自分から進んで謎を解こうとしない、巻き込まれ型の探偵役。といっても、謎を解くことが大好きで内心解き明かしたくてたまらないのをぐっと堪えている小鳩くんとは違って、ホータローは「やらなくていいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」をモットーとする“省エネ”少年。同じ古典部の千反田さんにせがまれて、断りきれずに謎解きをする。

 これが米澤さんのデビュー作という先入観があったせいか、読んでいてプロトタイプ的な印象を持ちました。小市民シリーズとも似た主人公たちの人物配置とか、小さな日常の謎をいくつか解いて最後に大きな謎解きがくるところとか、そしてその小さな日常の謎を解いていた過程に細かい伏線が散りばめられているところとか。こういう構成が得意なのかなあ、と。
 しかし、構図は似ていても主人公たちの人物像は対照的といってもいいかもしれません。知に働いて角を立て、それでもなお自ら推理することをやめられない小鳩くんは、本来推理のためなら非常に行動的。対してホータローは、誰も他にやってくれる人がいないから、渋々判った謎解きを話して聞かせる。省エネなんて言っているけど、どこかでそんなエネルギー効率の悪い、なにかに熱中できる人を羨ましくも思っている節があります。小鳩くんはそんなこと思ってないんですよね。だってもう彼は推理に取り憑かれ、熱中しているのだから。
 主人公の傍らにいる少女ふたりもまた対照的。目立つことを嫌い、推理に邁進しようとする小鳩くんを止める小佐内さんと、次から次へと気になることをホータローに解かせようとする好奇心の塊な千反田。ブラックな内面を持つ小佐内さんに比べると、千反田えるのほうは純粋培養で天然な感じ。
 同じ学園ものの青春ミステリで、同じような人物配置をしているのは、わざとなんだろうなあ。

 ひとつひとつの謎は特に感嘆するようなものではなかったけれど、三十三年前に神山高校で起こったことと、古典部の文集「氷菓」の名前に込められた意味がわかるところは、それまで淡々と高校生活が描写されていただけに、じわりとくるものがありました。全部が全部「薔薇色」の高校生活じゃないけれど、それでも大部分はきらきらと輝いている学校生活。そんな中に確かにあった、苦味のある痛み。思えば、米澤作品はどれも痛みを感じさせますね。今のところ、それが一番強く打ち出されているのは『ボトルネック』かな。シリーズ二作目の『愚者のエンドロール』にも、今手を伸ばしています。
2007.05.31 Thursday * 14:26 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(2)

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