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評価:
北國 浩二
東京創元社
¥ 1,785
(2006-10-24)
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わたしはいま、罪を犯そうとしている。とてつもなく大きな罪を。残酷で、あまりにも利己的な罪を。それによって、いまの自分自身が醜く穢れてしまってもかまわない。
後悔は……しない。(本文より)
ああ、もう、なんて言ったらいいんだろう。せつなくてかなしくて、そしてとてもつらい話だった。主人公の気持ちが痛いほど伝わってきて痛い。そして誰ひとり責めることが出来なくてつらい。
出てくる人がみんな善人だなんて、それがたとえおとぎ話の世界だとしても不自然だと、作中で主人公が言う場面がある。そんなことはないと力強く前向きな発言をする少女がいる。「悪」は人の弱さが生むもので、人はみなどこかに「弱さ」を持っているから、「悪」も心のどこかにひっそりと姿を隠しているに違いない。それがなにかをきっかけにしてあるときはふらりと姿を現し、またあるときは一気に噴き上がるように顔を覗かせ、「罪」を犯してしまう。「罪」に対する「罰」で一番重いものはなんだろう。それはきっと周囲の誰にもそれを責められず、一生涯悔恨の情から逃れられない状況じゃないだろうか。責められたほうがまだましだと思うほどの、深い深い悔恨。
この話の主人公は早老症によって22歳の若さで老婆の風貌を持ち、末期癌を患っている。最後の夏を過ごすため訪れた思い出深い島で、かつて恋人だった青年と再会する。彼の中に生きるかつての美しく溌剌とした自分の姿をそのまま残しておくため、主人公は正体を隠して彼や宿泊先の人々とこの夏を過ごすことにする。
初恋の人というのは、他のどの恋愛よりも特別なものだと思う。できればそれは、ずっと綺麗なままでいてほしいと願うもの。初恋の人との再会は胸ときめくものだし、ましてや今でも忘れられない相手なら尚更。けれど、主人公の夏希は現在の自分を思ってそれを手放しで喜べない。彼や周囲の人が優しく接してくれることが、時折痛い。
読みようによっては、登場人物全員が罪を犯している。全員善良な人々で、だからこそ悪意のない罪に相手は傷つく。ラストシーンもさることながら、そのことにどうしようもないせつなさと哀しさを感じた。
ただひとつ、終盤に出てくるトリックの場面が、読んでいても映像としてすんなり頭の中に思い浮かべられなかった。作者がミステリを得手としないということなのか、それともそれまでの心理描写からいきなり犯罪の生々しさを読者に晒すのを避けたのか。後者だったら素直になるほどと思う。
ああ、なんだか上手く語れない。語ろうと思えば際限なく語れそうで、でもそれだとただ感情をダラダラ書くだけになってしまいそう。とにかく読んで、そしてこのなんともいえない気持ちをわかってほしい、そんな本。
『夏の魔法』は恋愛小説です。そして、〈罪〉の物語です。
(東京創元社【ここだけのあとがき】より)
私は昔から、東京創元社という出版社を信用している。特に目当ての物もなく、でもなにか読みたいんだよなあと思って本屋に行ったときには、まず東京創元社の本の中から目についたものを買うくらい。そんなわけで、この本と作者のことについて、なにも予備知識なく手に取ったけど、思いがけず良い出会いだった。ミステリ・フロンティアというレーベルは、どんどん新しい作家さんと出会わせてくれる。北國さんのデビュー作にも興味が湧いたし、今後の作品も追いかけてみたくなりましたよ。
ご本人のブログによると、既に第三作目の出版の予定もあるようで楽しみ。