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評価:
森見 登美彦
ポプラ社
¥ 1,575
(2009-03)
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せっかくの機会だから、俺はこれから文通の腕を磨こうと思う。
魂のこもった温かい手紙で文通相手に幸福をもたらす、希代の文通上手として勇名を馳せるつもりだ。そしてゆくゆくは、いかなる女性も手紙一本で籠絡できる技術を身につけ、世界を征服する。
皆も幸せ、俺も幸せとなる。
文通万歳。 (「第一話 外堀を埋める友へ」より)
おっぱい万歳……あ、いやいやいや、こほん。森見さんの新刊は、全編書簡のみで構成された非常に笑えるお話でした。教授に肩を叩かれ、能登半島の実験所に送り込まれた大学院生・守田一郎が主人公。あまり興味のないクラゲの研究に日々を費やし、しかし一向に実験の成果は上がらず、先輩研究員の谷口に罵倒されたり励まされたりしている。
そんな一郎が無聊を慰めるべく京都の仲間達に手紙を書き送って始まった、数名との文通。ここに収録されているのは一郎が彼らに書いた手紙のみです。相手からの返信はいっさい載っていません。にもかかわらず、彼らの間にどんなやりとりがあったのかほんのり行間から漏れてくるのです。肝心な文面はわからないけれど、おおまかな雰囲気はわかる。想像をたくましゅうして、ひたすら彼らのやりとりを心の目で見るのです。これが面白い。
マシマロのような外見を持つ友人・小松崎が恋をしたらしい、その相談に乗っていたと思ったら、小松崎が手紙に108回も「おっぱい」という言葉を書いてきて、そんな友人に呆れつつ、一郎もまた触発されておっぱいを語りおっぱいに思いを馳せて返事がおっぱいのことばかりになってしまう――なんて調子です。
小松崎以外にも、京都の研究室で女帝のごとく振舞っている大塚女史や、家庭教師をしていたときの教え子・間宮少年、愚痴を書き連ねてくる学生時代の先輩・作家の森見登美彦氏、女子高生でありながらたびたび本質を突き「高等遊民になりてえ」と言う一郎の妹らが文通相手なのですが、読み進めていくとそれぞれに書き送ったことが繋がってきて、全体が立体的に見えてきます。
なにぶん手紙ですから、一郎も相手に虚勢を張ったり本心を誤魔化するのですが、隠していても「ははあん」と推察できる、その微妙な匙加減がいい。そして一郎が弁解したり誤魔化したりする事の中でも一番は、学生時代から思いを寄せていた伊吹夏子という女性についてです。内弁慶ならぬ手紙弁慶、文通弁慶な一郎がなかなか書けずにいる彼女への手紙。果たして一郎は彼女に恋文を書くことが出来るのか。出来たとしたら、それはどのような恋文なのか。どうか彼の恋がうまくいきますようにと祈るばかりです。いや、きっとうまくいったんじゃないかな。一郎は、ヘタレだけれど一緒にいて楽しい人だと、どの手紙を見ても思いますもん。最後の手紙も、不器用で誠実な良い手紙でした。
【目次】
第一話 外堀を埋める友へ
第二話 私史上最高厄介なお姉様へ
第三話 見どころのある少年へ
第四話 偏屈作家・森見登美彦先生へ
第五話 女性のおっぱいに目のない友へ
第六話 続・私史上最高厄介なお姉様へ
第七話 恋文反面教師・森見登美彦先生へ
第八話 我が心やさしき妹へ
第九話 伊吹夏子さんへ 失敗書簡集
第十話 続・見どころのある少年へ
第十一話 大文字山への招待状
第十二話 伊吹夏子さんへの手紙
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