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評価:
北山 猛邦
東京創元社
¥ 1,785
(2007-01-30)
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『探偵』といえば、失われた『ミステリ』においてもっとも重要な役割を果たす存在だ。『探偵』とは秩序の象徴にして、正義の象徴だ。バラバラにされた不可解な謎を再構築し、元のあるべき姿に戻す能力を持った偉人だ。〜(中略)〜 焚書の時代は、彼らを死に耽る狂人とみなしたけれど、彼らより真正面から人の死に向き合う人間が、この壮絶な死の時代に存在し得ただろうか。(本文より)
政府によってすべての書物が駆逐された世界。思想や犯罪の元となる書物というものを、もうほとんどの人間が知らないくらいの年月が流れ、勉強も日々の情報もすべて検閲済みのラジオから得る生活に慣れた社会が舞台。
ブラッドベリの『華氏451度』のよう。紙の手触りも知らず、書物という形も知らず、物語という創作物すら誰も知らない世界。うわー、本好きとしては耐えられないなあ。でもそういう設定には惹かれるんですよね。より本の魅力を再確認させてくれるから。おまけに、『ミステリ』も禁忌の対象となっているという。なぜなら、そこには様々な犯罪や殺人に関する事柄が書かれているから。
書物を、ミステリを、削除することで社会から犯罪そのものを無くすというのが可能かどうかは別として、本がテレビやラジオと違って思索に耽る物であるというのはよくわかります。テレビやラジオを見聞きするときは受動態だけど、本は能動的に自分からアクションを起こさないと入り込めない世界ですものね。音楽は街中でふと耳にすることがあるけれど、文章は本の表紙を開かないことには目に入りにくい。
作中で、書物やミステリを知っている人間は常になにかについて考え悩んでいるようだ、というようなことを登場人物が言う場面があって、なるほどそういえば私の周りでも本好きは空想好き、考え事好きな面があるかもしれないと思いました。
主人公の英国人少年クリス(正しくはクリスティアナ)は、世界でもっとも焚書が遅れ、最後まで『ミステリ』を守ろうとした国、日本にやってきます。そしてある閉鎖的な町で、赤い十字の印の謎といくつもの首なし屍体の話を聞き、そこに失われた『ミステリ』の影を見て事件を追うことになるのです。
この町の様子は、クイーンの『第八の日』とも少し似ています。犯罪という概念のないコミュニティ。理解不能な形で発見された屍体はすべて「自然死」として処理されてしまうことに違和感を持つのは、まだ思想的に矯正されていない子供や余所者のみ。
時代は現代であるのに、思想的に数十年から数百年も昔のような町の中は、普通の私たちの社会では既に成り立たなくなっているトリックも、自由に使える不思議な空間。こういう設定は面白いですね。知識のなさから盲点が生まれるし、心理トリックも成り立つ。
クリスは途中から探偵ではなく語り部となり、謎を解くのは『ガジェット』専門の少年検閲官エノです。この『ガジェット』(小道具)と呼ばれる物は、日本のミステリ作家やミステリマニアたちが、なんとか後世に残そうと作り出した『ミステリ』の欠片です。水晶のような鉱石の中に埋め込まれたミステリのパーツや構成要素たち。詳しいことは本書を読んでもらうとして、この『ガジェット』の数だけ、シリーズ化は可能になりそうですね。『密室』のガジェット、『孤島』のガジェット、『名探偵』のガジェットなどなど。今回のお話では『首切り』のガジェットが出てきます。
クリスとエノの微妙な距離感とこれからの関係や、書物のない世界で失われた『ミステリ』を追い求めるという設定、そしてどこか寓話めいた不思議な雰囲気に惹かれます。
それにしても、どうしてミステリファンというのはこんなにもミステリやその構成要素について語りたくなるものなんでしょうね。私も含めて、ネタバレ厳禁のジャンルにあって、既読の作品やトリック、探偵などについて系統図を作ったり分類したり、そこまではいかなくても語りたくてうずうずしてしょうがないというのも、ミステリ特有のものに思われます。過去の名作や古典作品など、共通認識を多く持つことでより楽しむ、そんなところがありますよね。
作者による東京創元社の
「ここだけのあとがき」というページによると三作目まであるそうなので、シリーズ化は決定なのかな? それともこの第一作目の評判次第でしょうか。私はシリーズ化希望しますよ〜。本書のラストであるモノが出てきた時には「おお〜開幕!」って感じがしましたもん。