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2011.01.19 Wednesday * | - | - | -
* 『算法少女』遠藤寛子
評価:
遠藤 寛子
筑摩書房
¥ 945
(2006-08)
 父・千葉桃三から算法の手ほどきを受けていた町娘あきは、ある日、観音さまに奉納された算額に誤りを見つけ声をあげた…。その出来事を聞き及んだ久留米藩主・有馬侯は、あきを姫君の算法指南役にしようとするが、騒動がもちあがる。上方算法に対抗心を燃やす関流の実力者・藤田貞資が、あきと同じ年頃の、関流を学ぶ娘と競わせることを画策。はたしてその結果は…。安永4(1775)年に刊行された和算書『算法少女』の成立をめぐる史実をていねいに拾いながら、豊かに色づけた少年少女むけ歴史小説の名作。江戸時代、いかに和算が庶民の間に広まっていたか、それを学ぶことがいかに歓びであったかを、いきいきと描き出す。(「BOOK」データベースより)

 『算法少女』という書物は、実際に江戸時代に出版された算法の本なのだとか。それや史実を基にして書かれたのが本書。
 日本の和算は、当時でもうとても高い水準に達していたのだなと驚きました。円周率の算出方法やマイナスを表す算木やらなんやら。とはいえ、この本の中で数学に関する難しい話が展開されるわけではありません。本書は主人公あきの数学へ向ける熱い思いや、当時の町人は武士よりも下である、女は男よりも下であるといった考え方に対する無自覚の反発が描かれています。

 話の発端が、武家の若様に対してあきが数式の間違いを指摘したことなんですよね。そこからあきが別の藩主のお城に召し出されそうになり、それを阻止しようとする別流派の数学者が出てきます。今でも、ひとつの学問の中にも学説派閥など、いくつもグループが出来てたりしますよね。昔っからそういうところは変わらないんだなあ。しかも、他の流派を認めないんですよね。自分たちが正しいって主張するばっかりで。
 あきはそんな争いに巻き込まれながらも、九九も知らない子供たちに算法を教え、進歩的な考えを持つ若き数学者に触発されて己の進む道を悟ります。女は算法などしないで女らしいことをするのがよいとする母親と、数学オタクで生活能力の低い父親の間に挟まれ、母の考えとも父の考えとも心から同調することの出来ないあき。彼女の中には自身でそうとは知らないままに、自立心の芽が生まれかけていたのでしょう。それが、いろいろと降りかかる出来事を経てもやもやと高まり、ついには本多利明という数学者を訪ねることではっきりと形になります。ひとりの少女の成長物語としても楽しめました。

 江戸時代というのは、時代劇で見るのとは大分違ってもっとずっと自由闊達としていたと、最近読んだ江戸関連書に書いてありましたが、それでもわずか13歳にして数学書をものした少女がいたということは驚きです。いくら父親との共著とはいえ。
 『博士の愛した数式』では数学の美しさを垣間見ましたが、本書では数学の持つ潔さを感じました。誰が解こうと答えはひとつで、過程はどうあれ、間違いか正しいかの判定がはっきりとする。登場人物のひとりが「さわやかな学問だ」と言っていたのが印象的でした。
「いったい、算法の世界ほど、きびしく正しいものはありますまい。どのように高貴な身分の人の研究でも、正しくない答えは正しくない。じつにさわやかな学問です。(後略)」(本文より)
2007.03.06 Tuesday * 21:24 | 絵本・児童書 | comments(0) | trackbacks(0)
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2011.01.19 Wednesday * 21:24 | - | - | -
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