ぼくは気づいたんだよ。
誰かが一生懸命考えて、それでもわかんなくて悩んでた問題を、端から口を挟んで解いてしまう。それを歓迎してくれる人は、結構少ない。感謝してくれる人なんて、もっと少ない。それよりも、敬遠されること、嫌われることの方がずっと多いってね!(本文より)
様々な軋轢を生んでしまう自分たちの性格を改善し、「小市民」として慎ましく生きていこうと心に決めた小鳩くんと小佐内さん。高校入学を機に小市民としてデビューしようとするけれど、どうしても顔を覗かせてしまう性質をぐっと押さえ込んだり、時にはちらっとだけ漏洩させてしまったり。かてて加えて、小市民たるために己の能力や資質を使わねばならないこともあり、なかなかにその「小市民の星」を掴むことは難しい。
本書では、同級生の盗まれたポシェットを探す「羊の着ぐるみ」、同じ絵が二枚描かれた謎を推理する「Your eyes only」、どうやっておいしいココアを作ったのかを考える「おいしいココアの作り方」、テスト終了間際に落ちて割れたドリンク瓶の話の「はらふくるるわざ」、盗まれていた自転車が道に乗り捨ててあったことから考え詰めて驚きの事実を掴む「狐狼の心」の5編が収録されている。
それぞれのタイトルに章立てがついていないから連作短編集なんだろうけど、ラストの「狐狼の心」にくるとそれまでのこじんまりとした日常の謎の積み重ねが大いに効いて、ひとつの話にも読める。そして、それまでの小鳩くんと小佐内さんのキャラクター造形がくるっとひっくり返されて面白い。特に小佐内さん。些細なことから大きな事件へと辿り着くのも「おお〜」と思わせる。
意外性で言うなら、「おいしいココアの作り方」。真相の意外性ではなく、「こういうネタでも本格ものが書けるんだ!」というびっくり感。まさかココアの作り方ひとつで、こんなに理詰めに物を考えることになろうとは(笑) でも楽しくて気持ちのいい一遍でした。オチも微笑ましい。
ふうむ、ふたりの中学時代の話が読みたいなあ。探偵役として遺憾なくその才能を発揮していた小賢しい小鳩くんと、諸々の行動的な面を発揮していたちょっと怖い小佐内さん。どんな経緯でふたりが「小市民たれ」と心に誓うようになったのか。知りたいけど、打ちのめされる小鳩くんを見るのは可哀相か。
本書のタイトルにスイーツ名が入れられているように、話の中にも甘いものがふんだんに出てきます。小佐内さんが大の甘いもの好きなようなので。それは彼女の本質をカモフラージュし、そしてまた一見甘くコミカルに書かれているように見えるこの本の、どこかせつないような痛いような雰囲気をも覆い隠しているように見えました。
【収録作】
羊の着ぐるみ/Your eyes only/おいしいココアの作り方/はらふくるるわざ/狐狼の心
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評価:
米澤 穂信
東京創元社
¥ 609
(2004-12-18)
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