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評価:
高田 郁
角川春樹事務所
¥ 580
(2009-05)
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「せっかくの深川牡蠣を」
押し殺した声が震えている。
間仕切りから様子をうかがっていた澪は、客の怒りの激しさを読み取って、丸い肩をぎゅっと竦めた。(「狐のご祝儀――ぴりから鰹田麩」より)
時代小説の楽しみのひとつに、美味しそうな料理の描写を挙げる人は多いでしょう。今よりずっと食材は少ないはずなのに、そこには四季を感じさせる物がたくさん出てきて、思わず「和食っていいなあ」と感じ入ってしまうこともあるでしょう。そんなわけで、この本にも美味しそうな料理が次から次へと出てきます。なんたって料理屋が舞台で主人公は料理人ですから。
上方の一流料理店「天満一兆庵」に雇われていた澪は、火事で焼け出された旦那様とご寮さん(女将さんのこと)と共に若旦那を頼って江戸へ出てきたものの、若旦那はとうに店を人に譲り渡して行方知れずになっていました。方々手を尽くしたけれど若旦那は見つからず、失意のうちに旦那様は落命し、残ったご寮さんを母とも慕ってふたりで長屋暮らしをしています。そして、蕎麦屋の主人・種市と知り合いその店で働くようになり――。
ぴりから鰹田麩、ひんやり心太、とろとろ茶碗蒸し、ほっこり酒粕汁などなど、出てくる料理が美味しそうなことと、物語全体に漂う人々のあったかさに思わずぐっとくる人情話が魅力的です。澪には辛いことや苦しいことが続くのですが、そのたびに何度も打ちひしがれそうになりながら、なんとか乗り越えていく強さも持ち合わせていて応援したくなります。主人公が上方出身なのに舞台が江戸であることで、折に触れては主人公が戸惑う東西の食文化の違いや風習の違いも、面白く読みました。関西では酉の市で熊手買わないのか、などなど。
澪がほのかに慕っている浪人の小野寺や、澪の生き別れの幼馴染、澪を雇ってくれている種市の娘の亡くなり方、若旦那の行方など、気になる事柄はたくさんあるので、シリーズが進むにつれて追い追い分かってくるのを楽しみにするとします。
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