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2011.01.19 Wednesday * | - | - | -
* 『切れない糸』坂木司
切れない糸切れない糸
坂木 司

東京創元社 2005-05-30
売り上げランキング : 23,023

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 主人公新井和也は、大学卒業を控えたある日親父が急死し、就職も決まっていないこともあって家業の「アライクリーニング店」を継ぐことになった。大雑把な性格の母親、アイロン職人のシゲさん、そして長年パートとして店を盛り立ててくれている松竹梅トリオの松岡さん、竹田さん、梅本さんに助けられ、新たな生活がスタートする。クリーニング品の集荷が主な仕事だが、預かる衣類にはクリーニング屋にしか気づかないような謎があって……。大学の友人で同じ商店街の喫茶店でバイトをしている沢田は、相談事や困りごとを持ちかけると、いつも"魔法の言葉"で解決してくれる。そんな彼に和也も店で起こったあれこれを話すのだが……。

 前作鳥井&坂木のひきこもり探偵シリーズが終了し、新たなシリーズとなるか期待して手に取りました。鳥井&坂木のシリーズはひきこもりということもあって、心に傷を持つ人たちが集まっていて読んでいてとても痛い話が多かったけど(痛いだけじゃなくて、ラストにはちゃんとよかったと思えますけどね)、今回はごく普通の商店街の人たちが賑やかに出てくる分、話が明るいです。これもしばらくシリーズ化してくれないかな。
 困ったり傷ついたりした動物や人間がいつも自分の前に現れてしまう主人公和也と、誰とでも一線を引いた付き合いをしている不思議な沢田。対照的なふたりのキャラクターが魅力的なのと、一話完結で連作になっているので読みやすい。日常の謎に隠された個々の悩みや問題を、この作者ならではのあたたかい視線で描くのは変わっていませんでした。
 推理小説のように謎を解いて『どうだ、あってるだろう』と言ったところで現実は何も進展しない。原因が分かったなら、次はどうするかを考えなきゃ(本文より)

 この本と作者をよく表している一文だと思います。
 脇役でも捨て駒にしたくない、という作者のポリシーによって、この話では誰もがその背景に物語を持っているように見える。シゲさんについては作中で書かれているけれど、松竹梅トリオのおばちゃんたちとか、和也の父親とか、喫茶店のマスターとか。商店街は小さいながらもエキスパートたちの集まる場所ですね。読後、こういった町の商店街がとても愛しく思えてくる。解説者の言葉を借りると、この商店街は「ムーミン谷のよう」だ。すると、和也がムーミンで沢田はスナフキンかな。
2006.01.27 Friday * 00:50 | 創元クライム・クラブ | comments(0) | trackbacks(0)
* 『ナラタージュ』島本理生
ナラタージュナラタージュ
島本 理生

角川書店 2005-02-28
売り上げランキング : 6,647

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 高校の時に好きになった葉山先生のことを忘れられずにいる大学生の泉。高校教師の葉山とは、母校の高校の文化祭での演劇部を手伝ったりと、付かず離れずな関係が今も続いている。葉山も自分に好意は持っている様子だが、過去に別れた妻との出来事を理由に泉と付き合うことはしない。そんな泉に思いを寄せる小野。泉は小野と付き合うことにするのだが……。

 う〜ん、評判が良かったので手に取ったのですが、感覚的にどうも私には合わないようです。つい、登場人物たちにイライラしてしまって。特に葉山先生。もし身近にいたら胸倉掴んで「ええい、ズルイ男だ!」って揺さぶりたい。できることなら殴りたい。妻を愛しているなら教え子にちょっかい出すなよー。忘れかけた頃に電話してきて、おまえはなにがしたいんじゃー! どっちも不幸にするだけじゃないですか。葉山みたいなのは優しいんじゃなくて、ただの優柔不断男だぞう。泉も泉です。好きで諦められないのはわかるけど、それなら小野君と付き合うのはおやめなさいな。自分の友人だったら説教です。未練たらたらで別の人と付き合ったってロクなことにならないんだから。小野君もなあ、泉が好きなのはわかるけど、がんじがらめにしても逃げるだけだって。
 そんな風に割り切れないのが恋心だとしても、登場人物全員が迷走しているのが、読んでてしんどかったです。ほんのチョイ役でもいいから、誰か一人でも楽しげに恋愛している人がいれば、このイライラは解消されたかも。楽しさと辛さの両方を対比して見せてくれたら、読後感は変わっていたでしょうね。もし自分が登場人物のひとりだったら、全員に対してああだこうだと注意してまわるキャラになりそうだ(笑) 「君ら、ちょっとそこへなおれ」と。
 とはいえ、若いとき特有の恋愛に対する一途さとかささいなことでときめく感じなんかは、とても丁寧に描写されていて瑞々しい。さらっとしていて淡い色の絵の具を溶かした水のような感じが、読んでいて染み透るようでした。
2006.01.24 Tuesday * 00:48 | 国内その他 | comments(0) | trackbacks(0)
* 『扉は閉ざされたまま』石持浅海
扉は閉ざされたまま扉は閉ざされたまま
石持 浅海

祥伝社 2005-05
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 久しぶりに開かれる大学の同窓会。成城の高級ペンションに集った七人の旧友たち。当日、伏見亮輔は客室で事故を装い後輩の新山を殺害、外部からは入室できないよう現場を閉ざした。なにかの事故か? 部屋の外で安否を気遣う友人たち。自殺説さえ浮上し、犯行は計画通り成功したかにみえた。しかし、参加者の一人碓氷優佳だけは疑問を抱く。緻密な偽装工作の齟齬をひとつひとつ解いてゆく優佳。開かない扉を前に、ふたりの息詰まる頭脳戦が始まった……。

 クローズド・サークルものですね。普通、殺人なり事件なりが起こってその現場のドアに鍵がかかっていたら、作中人物たちは扉を斧やなにかで叩き壊して中に踏み込みますよね。この話は違います。中に居るはずの人物が眠っているのか、急病で倒れているのか、それとも死んでいるのかの確認がとれないことと、扉そのものに価値があって壊すに壊せない、という理由から、「扉は閉ざされたまま」話は進行して行きます。
 ふたりをのぞいた登場人物たちが伏見や優佳の手のひらで転がされるように、言動をコントロールされていく様子が面白かったです。犯人 VS 探偵の息詰まる攻防を、他の登場人物たちはなにひとつ気づいていないってところが。それに対する事細かな伏見の緊迫した心理描写も。

 倒述ミステリの形式をとっているので、初めから犯人が誰なのかそしてどうやって殺されたのかはわかっています。そうするとどうしても犯人側に肩入れして読んでしまうんだけど、今回は探偵役の優佳がなんだか怖かったというのも伏見ガンバレ目線で読むことに追い討ちをかけました(笑) 綺麗で頭が良くて冷静で自分の感情も表情も理性でコントロールできている優佳の設定は、さほど奇異には思わなくて(本格ミステリの探偵たちってエキセントリックな人が多いし)、ラストシーンまで読んで「うわ……怖っ」と。だって何年越しの想いですか。優佳の性格からして、そして作中でも優佳自身が言っているように、他の男性を好きになったり付き合ったりしてないんですよね。怖いですよ、これは。伏見や優佳本人は、優佳のことを「賢く物事に動じず冷静で冷たい」人間だと思っているようですが、こりゃものすごく情念の塊みたいな人じゃないでしょうか。じゃなかったら、こういうオチにはならんでしょう。プライドと情念が理性と賢さで律せられるとこういう形で結実するのか、っていう。
 伏見がなぜ可愛がっていた親しい後輩の新山を殺さねばならなかったのか、という点が一番の謎であり私の期待していた部分だったのですが、そこの真相がちょっと肩透かしだったかな。けど、ああいう経験がある人が読んだらいくらか首肯できるのでしょうか。
 これらのすべてをひっくるめても、伏見と優佳の心理戦の応酬はとても読み応えがあって面白かったです。殺害現場を一度も見ることなく、登場人物の性格や言動などからの些細なひっかかりから疑問が生じ、それがやがて推理へと変わってゆく過程とか。
2006.01.22 Sunday * 00:45 | 国内ミステリ | comments(0) | trackbacks(0)
* 『天使のナイフ』薬丸岳
天使のナイフ天使のナイフ
薬丸 岳

講談社 2005-08
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 桧山貴志は自分の留守宅で妻の祥子を惨殺された過去を持つ。生後五ヶ月の娘の目の前で妻を殺したのは、まだ13歳の少年三人組だった。少年たちは更生施設へ送られ僅かな年数で社会復帰し、そして四年後、そのうちのひとりが何者かによって殺された。「国が罰を与えないのなら、自分で殺してやりたい」と発言したことのある桧山は、たちまち疑惑の目を向けられるようになる。過去の事件を調べるうちに見えてきた真実は――。

 第51回の江戸川乱歩賞受賞作。少年犯罪がテーマです。ただちょっとだけ、最近よく見かけるようになった同じテーマのものと違うところがありました。少年法についての是非だけではなく、その後の更生について掘り下げているところです。むしろそちらがメインでしょう。少年の罪を裁けるかどうかよりも、罪をどう償い悔い改めるのか。真の更生とは?
 犯罪において、被害者側が圧倒的に虐げられた不利な立場であることは、いろいろな本や雑誌テレビで現在取り上げられています。犯罪者を裁いて欲しくて裁判などの行動を起こすのは被害者側で、経済的負担も大きい。少年犯罪の場合、裁判記録など公にされないので被害者家族にもその内容は知らされないず、少年法改訂によって閲覧できるようになった裁判記録も、謄写代という高い料金を取られるというのは、本書を読んで初めて知りました。被害者たちは、お金を払って情報を買うのだという現状を。そしてこの少年法のために事件の情報が公開されないことで、更なる事件が生じるのです。
 中盤まではだいたい予想どおりに話が進みますが、後半、それぞれの登場人物たちと事件とこのテーマがすべて繋がってゆくあたりは、頁を捲る手も速くなりました。タイトルの意味も、ああなるほど、と。本当の償いとは、更生とは、どうすればよいのでしょうね。少年犯罪をテーマに扱っていながら、読後感はそう暗くならず、どこか救いというか期待が持てる気がしました。
2006.01.21 Saturday * 00:42 | 薬丸岳 | comments(0) | trackbacks(0)
* 『神様ゲーム』“God's truth” 麻耶雄嵩
神様ゲーム神様ゲーム
麻耶 雄嵩

講談社 2005-07-07
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 小学4年生の芳雄の住む神降市で、連続して残酷で意味ありげな猫殺害事件が発生。芳雄は同級生と結成した探偵団で犯人捜しをはじめることにした。そんな時、転校してきたばかりのクラスメイト鈴木君に、「ぼくは神様なんだ。猫殺しの犯人も知っているよ。」と明かされる。大嘘つき? それとも何かのゲーム? 数日後、芳雄たちは探偵団の本部として使っていた古い屋敷で死体を発見する。猫殺し犯がついに殺人を? 芳雄は「神様」に真実を教えてほしいと頼むのだが……。

 麻耶さんの本を読むのはこれが初めて。好きです、こういう最後の最後でちゃぶ台を引っ繰り返すようなことをされるの(笑) それから、随所に出てくる鈴木君(神様)と芳雄の対話のシーンも好きでした。主人公達が夢中になっている戦隊ヒーローものの名前がラビレンジャーで、ジェノサイドロボだのネクロフィリアだのが出てくるのは、ちょっと笑えなかったですけど。
 このお話の面白いところは、神様だと名乗る少年が登場するところ。そしてあっさりと事件の犯人を教えてくれるところ。なにせ神様なので、彼が間違えるはずがありません。(鈴木君を神様だとしない場合の感想はひとまず置いておきます) すべてを知る神様がそこにいるのならそれ以上あれこれ行動しなくてもよくなるところを、神様は「嘘はつかないけど、本当のことを包み隠さず話すわけでもない」と定義することで、今度は「Why done it?」や「How done it?」を知るために主人公は動いてゆく。この、決して間違ったことを言わないけれどすべてを教えてくれるわけじゃないっていうのが、ミソですよね。結論に至るまでの起点や過程、周辺の事情なんかがごそっと抜け落ちているわけですから。ミステリとしては、伏線や手掛かりから「これしかない」というたったひとつの真実に向かって進んで行くのが普通で、このお話もそういう風に転がっていきます。

 が! 主人公の目を通して次第に見えてくる真相に納得したところで、ひっくり返されるんですよね、ちゃぶ台が(笑) せっかくそれまで目撃証言やら証拠やらをコツコツと並べていたのに。「なにー!?」とびっくりしたところで話は唐突に、それこそ打ち切られるように終わります。「ちょっと待った、ちょっと待った。ええと…」と提示された真犯人でもう一度事件を見直して、いくつかの伏線を見つけるものの、どうにもあやふやだったりどうとでもとれそうだったりして、「これしかない」という結論には至らない。けれど、その犯人は間違いないわけです。だって神様がそう示したのですから。
 でも読者が納得する説明はそれ以上なされない。だから今度は、鈴木君は本当に神様だったのかどうかを考え出します。もし彼が神様でなかったとしたら、それまで彼の言ってきた「絶対の事実」が「正しいかもしれないし、正しくないかもしれないこと」になってしまうわけで、そうするとこのお話の大前提が覆り、殺人事件や神様によってなされた天誅は事故や偶然ともとれてアンチミステリになってしまう。謎が解かれることを前提に読み進んできた読者の胸には、もやもやが残っているばかり。英語のタイトルが“God's truth”なのも意味深ですよね。「ゲーム」じゃなくて「真実」ってところが藪の中っぽい。ところがこのなんとも据わりの悪い感触が、私には面白く感じられたのです。なんたって、中井英夫の『虚無への供物』好きなので。そういえば、主人公の名前「芳雄」っていうのは、少年探偵団の小林少年の下の名前からとったんでしょうか。
 ラストで示された人を真犯人として考えてみることもできますよね。その場合こんな風にも考えられるってだけで、「これしかない」というものにはなりませんけれど。



 ※ここから先はネタバレを含む想像がありますので、未読の方はご注意くださいね。
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2006.01.20 Friday * 00:38 | 国内ミステリ | comments(0) | trackbacks(0)
* 『バスジャック』三崎亜記
バスジャックバスジャック三崎 亜記 集英社 2005-11-26売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools

 『となり町戦争』でデビューした三崎氏の第二作。なんとも不思議な7つのお話からなる短編集です。SFのカテゴリに入れてもいいくらいなのですが、ご本人はSFを書いているつもりがなさそうなので、フィクションに分類しておきます。

 ■二階扉をつけてください
 出産で留守にしている妻に代わってひとり家にいる主人公のところに、近所の人と思われる女性が「回覧板に書いてあったでしょ! お宅だけなんですからね、早く二階扉をつけてださいよ」と文句を言いにきた。普段から回覧板など見ない主人公は、周囲の家々を見渡してどの家にも二階に扉がついていることを知る。二階扉というものの意味がわからないまま電話帳で調べた業者に取付を頼み、その使い方も知らぬまま放っておいたある日、妻から生まれたばかりの赤ん坊を連れて帰宅するとの連絡が入り……。

 本書の中でも一番私の好みでした。小松左京の短編のような。前半の、いつの間にか周囲に取り残されている主人公と奇妙な二階扉とその見積もり書など、不思議な設定に引き込まれます。そして、ラストシーンで冷水を浴びせられたような気分に。私、この主人公と同じで、あんまり気を入れて回覧板を見ないほうなんですよー。こ、怖かった……。ラストの主人公の呟きがぞわぞわしました。これからは、回覧板をちゃんと読もう。

 ■しあわせな光
 わずか数ページのとても短い話なのであらすじは書きませんが、先の「二階扉を〜」が小松左京だとすると、こちらは星新一のショートショートのようでした。でも、ぽっと胸にあたたかい灯がともるような読後感でしたね。

 ■二人の記憶
 僕の記憶と彼女の記憶にはズレがある。昨日したこと、食べたもの、ふたりで旅したことのない場所での思い出話。思い違いの重なりなのか、彼女がおかしいのか。それとも自分の頭に問題があって食い違うのか……

 例えば同じものを見ていても、人によっては受け取り方、見え方が違っているのかもしれない。林檎がそこにあったとして、私は真赤な林檎だと思っているけれど、他の人にはそれほど赤く見えていないとか。このふたりのズレがどうしておこるのかはわからないけれど、それをまるごと引き受けようと思えたら、それを愛情と呼ぶのでしょうか。

 ■バスジャック
 「バスジャック」をすることがブームである世界の話。「バスジャック公式サイト」では、移動距離・占拠時間・総報道時間・オリジナリティの四つの観点からランキングが更新され、「バスジャック規正法」でバスジャックが法的に認められている。ある日主人公の乗ったバスで、バスジャック犯たちがバスジャック開始の名乗りを上げ……。

 これも面白かったなあ。「二階扉を〜」の次にこの話が好きです。バスジャックが公的に認可された世界のおかしさ。この世界の細々とした説明もまた楽しい。「血の闘争」と呼ばれる有名なバスジャック事件があったり、それを元に法が制定されたり。また、バスジャックされた側の乗員や乗客も慣れたもので、バスジャック犯に向かって「なっていない」とやり方にケチをつけたりする。たっぷりこの世界を堪能した後に待ち受けているどんでん返しもよかったです。

 ■雨降る夜に
 一人暮らしの主人公の部屋を、図書館と思い込んで本を借りに来る女性と主人公の話。

 雨の日にやってくるというのが上手い。これが晴天白日の下に訪ねて来られたら、ちょっと頭のおかしい人かと思うところです(笑) エルトン・ジョンの曲がバックに流れていそうな雰囲気のお話でした。その後、ふたりはどうなったんでしょうね。

 ■動物園
 動物園であたかもそこに動物がいるように幻影をみせることを職業としている日野原(女性)の話。動物園の職員達は彼女に白い目を向け距離を置くが、その幻影の完成度に驚く。しかし、そこでの仕事をライバル会社にとられ……。

 動物の幻影を見せるという能力を持つ人たちが起こした会社は、日野原の会社だけではありません。この世界にはいくつもこのような会社があるようです。一種の隙間産業ですが、そこでも熾烈な競争があって、そして大勢の観客達に晒されたとき能力者たちの真価が試されるのです。作り手によって、息遣いまでも伝わってきそうな幻影がそこに生まれる。私は逆に見てみたいけどな、そういうイメージで構成された動物。

 ■送りの夏
 小学生の麻美は、家出した母を追って「つつみが浜」という見知らぬ土地をひとりで訪ねる。そこで知り合った不思議な人たち。精巧な人形たちと暮らす人々のいる「若草荘」。そこには麻美の母もいて――。

 主人公の麻美を真っ向から「死」というものと向きあわせている作者に、ちょっと驚きながら読み進めました。小学生にはディープじゃないかと思ったりもしたけれど、大切な人との別れの哀しさや「死ぬ」という出来事を考え抜くことは、早い遅いというものではないですね。「若草荘」で行われる死者を送る儀式のシーンが印象深い。内容は全く違うけれど、湯本香樹実さんの『夏の庭』を思い出しました。そして、私も大きくて大切な存在を亡くした経験があるので、こんな風にゆっくり、ゆっくりと、死者との別れを惜しみたかったな、とちょっと淋しく思ったりもしました。

 全体を通して、どれも面白かったです。これからの作品も要チェックだな。
 【収録作】二階扉をつけてください/しあわせな光/二人の記憶/バスジャック/雨降る夜に/動物園/送りの夏
2006.01.19 Thursday * 19:33 | 三崎亜記 | comments(0) | trackbacks(1)
* 『犬はどこだ』米澤穂信
犬はどこだ犬はどこだ米澤 穂信 東京創元社 2005-07-21売り上げランキング : 7,248おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools

 着実な人生を送っていた主人公・紺屋長一郎は希望通り銀行に就職したが、重度のアトピー性皮膚炎を発症し、2年で故郷の八保市に戻ることになった。それまでの人生設計が狂ってしまった彼が始めたのは、<紺屋S&R(サーチ&レスキュー)>という探偵事務所。それも犬捜し専門の探偵だった。町役場に勤める旧友・大南寛の紹介で開業早々依頼人が訪れるが、いずれも犬捜しとはまったく関係のない、失踪人の捜索と古文書の由来調査。仕方なく、探偵になりたいと押しかけてきた高校時代の後輩・ハンペーこと半田平吉と共に調査にとりかかるが、次第にふたつの事件が交錯して……。

 面白かったです!
 気にはなっていたものの、米澤さんの作品は今まで未読でいた私。これはとても好みな話でした。ハードボイルドタッチだけれど、文章がやわらかいので、ソフトなハードボイルドとでもいったところ。

 失踪人探しをしている紺屋と古文書の由来調査をしているハンペー、それぞれの視点でふたつの案件が語られてゆきます。紺屋視点は、25歳とは思えない落ち着いた語りで正しくハードボイルド。一方のハンペーは、探偵という職業に憧れやこだわりがあるものの、今風な若者らしい軽さと明るさでユーモラスな語り。このハンペーただのおちゃらけキャラかと思いきや、意外とデキるヤツだったりするのです。
 ふたりの調査は異なった出発点から始まったのに、次第に関わる人物や背景が交錯してきます。けれどお互い連絡を密に取り合うわけでもなく自分の仕事だけを遂行しているため、それに気づきません。そこのところが読んでいてもどかしいような、ゾクゾクするような。ちょっとだけ、宮部みゆきの『火車』を思い出しました。

 まさかラストでそうくるとは!
 この終わり方を好きかどうかで評価がわかれるんじゃないでしょうか。私は大好きですね、こういうオチ。この作品の中で一番好きな部分でもあります。それまでのどこかほのぼのとした雰囲気が一変したラストシーン。ここにきてタイトルを見返してみると、「犬はどこだ」という言葉が、まるで違った響きをもって聞こえてくるようです。

 作中、紺屋のチャット仲間でいろいろと助言をしてくれるGENという人物、ハンドルネームだけで詳細は不明ですが、これがシリーズ化していくのならGENの正体もまた全体を通しての隠れた楽しみになりそうです。私はGENを女性だと踏んでるんですが、どうでしょう?
 そして紺屋が犬にこだわる理由も、今回触れられた子供時代の話の他にまだなにかあるんじゃないのかな、なんて思ったりもしています。続編が楽しみだ。
2006.01.17 Tuesday * 19:29 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(2)
* 『天の前庭』ほしおさなえ
天の前庭天の前庭
ほしお さなえ

東京創元社 2005-07-08
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 高校の工事現場で発見された白骨死体と日付の刻印されたボールペン。自動車事故で意識不明となり、そのまま九年間眠り続けた柚乃は奇跡的に目覚めたとき、すべての記憶を失っていた。父は同じ事故で死亡、母は柚乃が子供の頃、ドッペルゲンガーを見たと言った翌日に失踪していた。そして今、長い眠りから醒めた柚乃は、パソコンに残されたかつての自分の日記の中に、自分にそっくりな少女に出会ったという記述を見つける。ドッペルゲンガー、タイムスリップ、友達と注文した日付入りボールペン……彼女の行き着く真実とは?

 途中までは面白くってサクサク読めました。好みな雰囲気だなあ、と言いながら。
 ところが全体の三分の二を過ぎたあたりから、だんだん集中力が拡散してしまって。最初に示された謎が最後に解き明かされることで、更なる謎へと発展するという造りはとても好きです。けど、なんかもう途中で頭ごちゃごちゃになっちゃったんですよね。いろんな視点での語りが錯綜してきて、どれが誰の視点だか追いかけるのに疲れてしまったのかも。ちょっと時間SFの要素もあるから、作中時間も前後しているし。
 いつもならそういうのも好きで「どこまでも食らいついていくぜ!」とじっくり読むんだけど、今回一気に頭から終いまで読まずに途中日にちを空けちゃったから、それがいけなかったんだろうなあ。もう一度、後半三分の一を気合入れて読み返したら印象が変わりそう。
 作者は詩人でもあるそうで、文章は散文的で読みやすかったですよ。ラストの余韻も好きです。
2006.01.16 Monday * 18:58 | 国内ミステリ | comments(0) | trackbacks(0)
* 『おまけのこ』畠中恵
おまけのこおまけのこ
畠中 恵

新潮社 2005-08-19
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 妖怪仲間からも疎まれる孤独な妖(あやかし)狐者異(こわい)の話、病的なまでに化粧せずにはいられない娘の話、吉原の禿を若旦那が足抜けさせる話、とある大店の旦那が嫁ぐ娘に持たせようとした大玉の真珠が発端となる騒動話、の四編からなるシリーズ第四弾。

 今回初めて出てきた妖・狐者異(こわい)。他の妖たちとも交わらず、仏すらも厭い恐れるという彼は、自分を受け入れてくれる誰かを捜し求めている。けれど、狐者異に関わったものには災いが降りかかるため、結局どこにも定住できる場所がない。若旦那が意を決して手を差し伸べようとするけれど、些細な誤解で姿を消してしまう。このキャラクター、これっきりじゃなくて何度も出てきそう。例えば、狐者異という存在に対する答えが出たときがこのシリーズのクライマックスになる、とか。
 もうシリーズ第四弾ということで、すっかり定着した若旦那の病弱っぷり。腹違いの兄の話も前作まででケリがついているし、菓子屋の栄吉もいつもどおり日々精進している。これといった大波はありませんでしたね。ワンパターンともマンネリともとれるけど、若旦那の妖たちのほのぼのとしたやり取りは見ていて和みます。マンネリ上等!の気構えでこの先も続いていってほしい。

 若旦那が爆弾発言をする「ありんすこく」は、穏やかなこの物語の中にも暗い部分があるというのを思い出させてくれる話でした。「畳紙」は以前出てきたものすごい厚化粧の娘さんの深層心理を、屏風覗きが解していくお話。「動く影」は、若旦那と栄吉が仲良くなるきっかけとなった幼少時代のある出来事のお話です。タイトルにもなっている「おまけのこ」は、一匹の鳴家(やなり)が大活躍の可愛らしい話。うちにも一匹欲しいなあ、鳴家(笑)

■収録作■
 こわい/畳紙/動く影/ありんすこく/おまけのこ
2006.01.14 Saturday * 18:55 | 国内その他 | comments(0) | trackbacks(0)
* 『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』
ハリー・ポッターと炎のゴブレット 特別版ハリー・ポッターと炎のゴブレット 特別版ダニエル・ラドクリフ J.K.ローリング マイク・ニューウェル ワーナー・ホーム・ビデオ 2006-04-21売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools

 クィディッチ・ワールドカップ決勝戦の最中、空に不吉な「闇の印」が現れた。不穏な空気の中で迎えた新学期、ホグワーツで、100年ぶりに「三大魔法学校対抗試合」が開催されることになる。命の危険を伴う試合のため応募資格は17歳以上と決められていたが、なぜか、4人目の代表選手に14歳のハリーが選ばれてしまう。学校中から「抜け駆け」と冷たい視線を浴びながら、ハリーは他の選手と共に、3つの課題へと取り組むが…。

 レイトショーで見たせいか、館内は意外と空いていました。公開されてから結構日があいていたせいもあるのかな。
 「炎のゴブレット」は原作上下巻で内容もぎっちりと詰め込まれたものなので、いったいどうまとめてあるんだろうと思っていましたが、なかなか上手くおさまってたんじゃないかなあ。
 CMなどで散々煽っていたハリーの初恋については、「あら? これだけ?」ってくらいしかなかった。悶々としてるハリーとか、ハーマイオニーの変化にヤキモキしちゃうロンの姿が一応は触れられてるんですけど、さらっと撫でる程度なので、原作読んでないとなんでいきなりハーマイオニーがロンにキレているのかわからない人も多いのでは?
 ハリーにしても、チョウを誘うまでのあれやこれやがほとんどないので、チョウとダンスパーティでペアになってたセドリックへの複雑な想いが今ひとつ伝わらないような……。それがないとラストのハリーの姿に対する見方も変わると思うんですよね。
 あ、あと、ロンがハリーに対して嫉妬する心理描写とかも、もっと欲しかった。
 ――って、そう言い出すと結局「映画2本に分けて撮ったほうが……」とかそういう話になっちゃうので、あまりあれもこれもというのは無理ですけど。
 あとはやはり「闇の印」とヴォルデモードについて、もっと時間を割いて欲しかったなあ。特にクラウチについては、今後も重要だと思うのでもうちょい背後関係とか。

 とはいえ、それでも2時間半の長丁場をまったく飽きることなく見せてもらいました。
 三大魔法学校の競技大会の様子は迫力のある映像で見応えがありました。同行人(原作は読んだことなし、映画だけ毎回見てる)は、後半のこの試合が始まるあたりから急に映画が面白くなったと言っていました。
 ハーマイオニーのドレス姿も綺麗でしたよ。

ハリー・ポッターと炎のゴブレット@映画生活
2006.01.12 Thursday * 18:53 | 映画 | comments(2) | trackbacks(1)

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