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2011.01.19 Wednesday * | - | - | -
* 『氷菓』米澤穂信
評価:
米澤 穂信
角川書店
¥ 480
(2001-10)
 だが、もし、座興や笑い話ですまないなにかに取り憑かれ、時間も労力も関係なく思うことができたなら……。それはもっと楽しいことなのではないだろうか。それはエネルギー効率を悪化させてでも手にする価値のあることなのではないだろうか。(本文より)

 古典部シリーズ第一作目。小市民シリーズの探偵役小鳩くんと同じように、折木奉太郎(おれきほうたろう)もまた自分から進んで謎を解こうとしない、巻き込まれ型の探偵役。といっても、謎を解くことが大好きで内心解き明かしたくてたまらないのをぐっと堪えている小鳩くんとは違って、ホータローは「やらなくていいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」をモットーとする“省エネ”少年。同じ古典部の千反田さんにせがまれて、断りきれずに謎解きをする。

 これが米澤さんのデビュー作という先入観があったせいか、読んでいてプロトタイプ的な印象を持ちました。小市民シリーズとも似た主人公たちの人物配置とか、小さな日常の謎をいくつか解いて最後に大きな謎解きがくるところとか、そしてその小さな日常の謎を解いていた過程に細かい伏線が散りばめられているところとか。こういう構成が得意なのかなあ、と。
 しかし、構図は似ていても主人公たちの人物像は対照的といってもいいかもしれません。知に働いて角を立て、それでもなお自ら推理することをやめられない小鳩くんは、本来推理のためなら非常に行動的。対してホータローは、誰も他にやってくれる人がいないから、渋々判った謎解きを話して聞かせる。省エネなんて言っているけど、どこかでそんなエネルギー効率の悪い、なにかに熱中できる人を羨ましくも思っている節があります。小鳩くんはそんなこと思ってないんですよね。だってもう彼は推理に取り憑かれ、熱中しているのだから。
 主人公の傍らにいる少女ふたりもまた対照的。目立つことを嫌い、推理に邁進しようとする小鳩くんを止める小佐内さんと、次から次へと気になることをホータローに解かせようとする好奇心の塊な千反田。ブラックな内面を持つ小佐内さんに比べると、千反田えるのほうは純粋培養で天然な感じ。
 同じ学園ものの青春ミステリで、同じような人物配置をしているのは、わざとなんだろうなあ。

 ひとつひとつの謎は特に感嘆するようなものではなかったけれど、三十三年前に神山高校で起こったことと、古典部の文集「氷菓」の名前に込められた意味がわかるところは、それまで淡々と高校生活が描写されていただけに、じわりとくるものがありました。全部が全部「薔薇色」の高校生活じゃないけれど、それでも大部分はきらきらと輝いている学校生活。そんな中に確かにあった、苦味のある痛み。思えば、米澤作品はどれも痛みを感じさせますね。今のところ、それが一番強く打ち出されているのは『ボトルネック』かな。シリーズ二作目の『愚者のエンドロール』にも、今手を伸ばしています。
2007.05.31 Thursday * 14:26 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(2)
* 『一瞬の風になれ 第三部 ドン』佐藤多佳子
評価:
佐藤 多佳子
講談社
¥ 1,575
(2006-10-25)
 俺の走る一本のレーンだけが、そこだけ俺には光って見えた。まっすぐに、まぶしく、胸に刺さるほど美しく。
 すべてを忘れた。
 あの光る一本の赤い走路しか見えない。(本文より)

 サッカーから陸上へ転向した新二も、ここではもう三年生。アスリートとしての成長とともに、下級生への目配りなど部長としても貫禄がついて、以前よりしっかりしていますね。集中力が散漫で緊張しいで、レースよりも人のことに気がいっちゃって自滅するタイプだったのに、この第三部ではよりレースや走ることそのものに集中して、記録の上でも精神的にも大きく飛躍する姿に、「おおっ、これが十代か!」と驚きをもって見ていました。大人になってからだとこの伸びしろがそんなにないんですよね。よく、他所の子供はちょっと見ない間にすごく大きくなっているって言うけど、十代ってそういう目覚しい進歩の年代でもあるんだなあ、と。成木になった木が更に伸びてもあまり気がつかないけど、若木がぐんぐん伸びる様子はよくわかりますもんね。

 この巻では競技のシーンがメインで、これでもかってくらい彼らの走る様子が描写されています。走るたびに記録が上がっていく新二の内面描写は、読んでいるこちらも一緒に走り風を感じることが出来て気持ちいい。100メートル10秒台なんて経験したことのない領域だけど、それでもただ自分の体と地面とそして風だけがそこにあるような湧きあがる歓喜というものを、ちょっとだけ体験できた気がします。こんな風に走りたいなあ。ジョギングでも始めようか、なんて気すらしてくる。
 ショートスプリントだけでなく、4継と呼ばれるリレーにも出場する新二たち。気心の知れた根岸に代わって、一年生でちょっと性格にむらのある鍵山が入ったことでぎくしゃくした空気があったんですが、そこをみんなで徹底的に話し合って練習して乗り越えていくところもよかったです。
 関東大会での競技の数々と、その場その場での新二たちの走りっぷりは息もつかせぬ勢いで進みます。こちらも一緒になって追体験しているから、競技と競技の合い間のレストの時間は、どっと疲れも感じます。でもまだ、次がある。まだまだこれから。もっと長く、もっと走りたい、そんな感じ。
 もちろん、その中には零コンマ何秒で勝敗がきっぱりとわかれてしまう非情さもあります。どんなに頑張っていても、どんなにいい奴でも、コンマ数秒で泣くことになるのです。それは誰にも変えられない。どんななぐさめの言葉をかけても覆らない絶対の現実。そういう憂き目にあってもそこを越えていこうとする姿に、また気持ちが入って読んじゃうんですよね。

 はあ、終わってしまった。この本はこれで終わりだけれど、彼らの物語はまだまだ続いているような気がします。高校を卒業しても、きっと何かしらの形で走っていることでしょう。連はその天才的な走りに磨きがかかっているでしょうか。その側に新二もいるのかな。それともあえて違う大学に進んでよきライバルとして研鑽しあっているでしょうか。仙波は、高梨は、根岸や桃内や五島は……やはり陸上を続けてくれているでしょうか。

 余談ですが、やっぱり守屋先輩が好きです。卒業生のその後がちらっと見られてよかったー。浦木先輩も好きです(笑)
 そういえば、今年は世界陸上の年ですね。毎年見ているけれど、今年も気合入れて見よう!

【この三部作の感想】
 『一瞬の風になれ 第一部 イチニツイテ』
 『一瞬の風になれ 第二部ヨウイ』
2007.05.28 Monday * 18:00 | 国内その他 | comments(0) | trackbacks(1)
* 『彩雲国物語 青嵐にゆれる月草』雪乃紗衣
 まるで、王が泣いているようだと、思った。
 それとも、泣いているのは、自分だろうか。
 まだ……いわなければならないことがあるのに。(本文より)

 新章に入ってから、シリアスな展開が続きます。もちろん随所に笑えるエピソードやギャグも盛り込まれているけれど、全体のトーンはこれまでと違ってシビアなもの。官吏を続ける上で避けては通れない清濁併せ呑む度量を持つための修行とでもいいますか。
 秀麗は今までずっとまっすぐで正論だけ言っていて、そこが周囲に愛されてもいたけれど、そのままでは国を変える事は出来ません。なぜなら国家というものは、正論だけで成り立っているわけではないからです。君子であれば名宰相になれるかといえば、答えは否。
 作中で秀麗がタンタンこと蘇芳に兵法の格言と、秀麗の思う理想の指導者について語る場面がありました。「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」 相変わらずの理想論と取ることも出来るけど、新章に入ってからの秀麗を見ていると、また違った印象を持ちます。うむ、「紅梅〜」以降のこの流れは結構好き。
 芸人でもミュージシャンでも、売れない不遇時代の苦労話を聞くのが一番面白いじゃないですか。それと同じで、ここで叩かれれば叩かれるほど、今己が出来ることの限界に歯噛みすればするほど、数巻もしくは十数巻後にやってくるであろう、名官吏となった秀麗の姿が輝くというものです。叩け清雅! 秀麗にもっと嫌味を!(笑)
 いや、でもほんと、秀麗はもともと、ちやほやされるよりも叩かれて伸びるタイプだと思うので、御史台の所属になったのはいい展開だと思うんですよね。それが証拠に、人の言葉の裏を考えるようになったし。

 ストーリーとしては、王の「一夫一婦制」を提案した劉輝に藍家が十三姫を後宮に送り込んできたり、各地で「死刑になった人間の幽霊」が現れたりで、秀麗が同僚でライバルの陸清雅と喧々囂々やりながら突っ走っています。
 劉輝の王としての成長と家臣との遣り取りに注目している私ですが、今回はなんと言っても藍楸瑛の苦悩っぷりが見所でしょうか。前巻からずっと藍家をとるか王をとるかで悩み続けている彼ですが、ようやく心が決まったようです。親友の李絳攸がもっと絡んでくるかと思ったけど、意外とあっさり引いちゃいましたね。
 次は藍州がメインになるのかな。これを機に、今まで語られることのなかった他の州についても順に触れてくれると良いなあ。それから、そろそろ地図や彩七家、官位と組織図を、ちゃんとページ数割いて巻頭につけて欲しくなってきましたよ。登場人物も多いことだし。せめて国政の仕組みがわかるページは欲しい。

【このシリーズの感想】
 第1巻『彩雲国物語 はじまりの風は紅く』
 第2巻『彩雲国物語 黄金の約束』
 第3巻『彩雲国物語 花は紫宮に咲く』
 第4巻『彩雲国物語 想いは遙かなる茶都へ』
 第5巻『彩雲国物語 漆黒の月の宴』
 番外編1『彩雲国物語 朱にまじわれば紅』
 第6巻『彩雲国物語 欠けゆく白銀の砂時計』
 第7巻『彩雲国物語 心は藍よりも深く』
 第8巻『彩雲国物語 光降る碧の大地』
 番外編2『彩雲国物語 藍より出でて青』
 第9巻『彩雲国物語 紅梅は夜に香る』
 第10巻『彩雲国物語 緑風は刃のごとく』
2007.05.25 Friday * 20:20 | ライトノベル | comments(0) | trackbacks(1)
* 『一瞬の風になれ 第二部ヨウイ』佐藤多佳子
評価:
佐藤 多佳子
講談社
¥ 1,470
(2006-09-22)
 可能性――いつまでも捨てたくない言葉だ。でも、ずっとしがみついているわけにはいかない言葉だ。(本文より)

 前巻『一瞬の風になれ 第一部イチニツイテ』を読んだのは3月。ようやく第二部を読むことが出来ました。
 新二と連は二年生に進級し、部長の守屋さんら三年生は引退。一部でもそうでしたが、この守屋さんという人物が私は好きです。天賦の才を持った下級生に対しても僻まず嫉まず、自分の出来ることをやり続ける人。どんな試合でもどんな練習でも、「毎日自己ベスト更新」(記録上の話じゃなく)を目標にするって、なかなか出来るもんじゃありません。昨日よりも良い自分、今日よりも後退しない明日。怠惰な私には、尊敬に値する精神力です。そんな彼だからこそ、気まぐれな連でさえ一目置いて信頼していたのかも。確かに、守屋さんが新二らを励ますときはどこか安心できるというか、心強く感じられたものです。引退に際して三年生が一言ずつ言葉を残す場面は、ぐっとくるものがありました。浦木さんには泣き笑いさせられたけど(笑) 彼もいいキャラですよねえ。浦木さんは浦木さんなりにいつも真剣だったんだろうなあ。結構好きです。

 好きといえば、新しく入ってきた桃内も面白い。私もよくお腹痛くなるんで、チタンテープの貼り方教えて欲しいです(笑) それから根岸がリレーに出ることになったところで、自分と連や新二との間にある力の差を吐露する場面が印象に残りました。最初から根岸は、とても客観的に自分の力の限界を見極めていますよね。腐るでもなく、拗ねるでもなく。今回はそれを理由に新二に謝ったりして、見ていてちょっと「そんなに卑下すんな!」と背中を叩いてやりたくなりました。どうしても追いつけないものがあるにしても、自分がネックだなんて思いながら走るのはつらすぎる。気にしちゃうのはわかるけど、そんなに気を回さないで楽しんで走れるといいなあ。

 新二の走りに対する気持ちは、もうすっかり本気ですね。すぐに緊張してしまう新二は、いざ本番となるとなかなか力が発揮できずにもどかしい。けれど、いつかメンタル面でも強くなって、連と並び競い合うほどになるだろうという予感はさせてくれます。ああ、早くそうなった二人が見たい!……と思っていたら、思わぬ大きな壁にぶち当たってしまいました。とても大きくてつらい出来事だけれど、乗り越えられそうな光明も見えます。すんなりとはいかないだろうけど、きっと越えられる。そう願って、次の第三部を読もうと思います。
2007.05.24 Thursday * 17:33 | 国内その他 | comments(2) | trackbacks(3)
* 『おおきく振りかぶって (8)』ひぐちアサ
評価:
ひぐち アサ
講談社
¥ 540
(2007-05-23)
 全国高等学校野球選手権埼玉大会。
 全員1年の新設野球部・西浦と、強豪・桐青の熱くて長い「夏の初戦」が、ついに決着!(裏表紙より)

 今日は、今か今かと待ちわびていた「おお振り」8巻の発売日。早速買ってきました。長くて手に汗握る初戦がついに終了。そして決着。
 すごく読み応えのある巻でした。また1巻から全部読み返したくなっちゃう。主人公たちがいる西浦を応援しつつ、相手校の桐青の選手たちの内面も描写されているのでそちらにも情が移る。強豪校には強豪校の思いもあるし、戦っているのはみんな同じ高校生。西浦の面々も部の立ち上げから見ているから負けないで欲しい。もう、どっちもガンバレー!ですよ。

 「おお振り」は試合場面だけでなく、普段の練習風景や学校行事など、部員たちの素顔も描かれているのが魅力なんですが、今回この後日談の部分に泣かされました。
 叶と三橋のメールの遣り取り。そうか、過去にそんなこともあったのか。「オレも…」と打ったメールをちょっと考えてから「オレもみんなで…」って打ち直して送るシーンがぐっときます。
 三橋は野球やめないでよかったよ。西浦にきて、このメンバーと出会えて本当によかった。阿部とバッテリー組んでよか……ったのか?(笑) いやいやいや、よかったんですよ。幸せですよ。まだまだ意思の疎通ができてないけど、これからばっちこーいですよ(笑) いっそこのまま阿部に振り回され、そしてまた阿部を悩ませればいいさ。面白いから(笑)
2007.05.23 Wednesday * 19:21 | 漫画 | comments(4) | trackbacks(3)
* 『片眼の猿』道尾秀介
評価:
道尾 秀介
新潮社
¥ 1,680
(2007-02-24)
《そう。お前、どうして犬は人間の数万倍も鼻が利くのか、知ってるか?》
《犬はな、鼻が大きいんだ。犬ってのは、顔の半分が鼻なんだよ》(本文より)

 探偵事務所『ファントム』を営む三梨は、ある大手楽器メーカーからライバル会社がデザインの盗用をしているのではないかという依頼を受け、調査をしていたが捗々しい成果は上がらない。ある時、偶然得た情報からサングラスをかけた女性をスタッフとして雇い入れ、調査対象の会社に潜入することにしたのだが結果は同じ。そんな中、その会社で起こった殺人事件を盗聴してしまい……。

 う〜ん、細かい伏線がこれでもかと散りばめられていて、それがラスト一気に明かされるのは面白いんじゃないかな。それに気づかなければ気持ちよく「騙された!」といえたと思う。だけど、私はかなり早い段階で主人公と彼のアパートの住人たちに関することには気づいてしまったので、楽しみが半減。更には三梨のもとを去って死んでしまった秋絵についても、三梨が秋絵の実家に泊まったあたりで気づいてしまったので、後半の肝ともいえる真相のひとつで盛り上がれなかった。残念。といっても、秋絵については100%分かったわけではないので、まったく楽しめなかったということじゃありません。
 ただ、メインであるはずの産業スパイ、二重スパイについてがなんだか薄ぼんやりとしていて印象に残らない。それよりも、主人公を含めた登場人物たちなどの周辺事情に関することのほうに筆を割かれていて煩雑な印象を受けてしまった。作者はとても神経を配った細かい仕事をしているのに、それが裏目に出ているというか……。騙しを楽しむことをメインにしているのなら、殺人事件がちょっと蛇足に感じられるし、三梨の調査内容がメインになるなら脇役たちが五月蝿すぎる。彼らを使ってシリーズ化するというのなら、これは登場人物たちのお披露目の巻ということでしょうがないかな、とも思うけどシリーズ化するわけじゃないですよね?
 道尾秀介という作家に対する期待が大きく、ハードルも高く設定していたので、その分「あれ…?」という読後感。いや、普通に面白く読めたんだけど、彼ならもっとなにか「おお!」と唸るものを読ませてくれると思っちゃって。ミスリードを誘う手法は上手いので、次作に期待。
2007.05.22 Tuesday * 12:47 | 道尾秀介 | comments(0) | trackbacks(3)
* 『つむじ風食堂の夜』吉田篤弘
評価:
吉田 篤弘
筑摩書房
¥ 609
(2005-11)
 「どこか遠く。それでいいんです。決めない方が。終わりのない方がね」(本文より)

 月舟町の十字路にぽつんとある「つむじ風食堂」。本当は名無しの食堂なのだが、十字路にうなる風に巻き込まれた客たちの誰もがそこを「つむじ風食堂」と呼んでいる。パリ帰りの主人が作るメニューは、どれもそこいらの安食堂とは一線を画している。が、この食堂とその主人がこの物語の主人公ではない。そこにやってくる常連たちがメインだ。中でも人工的に雨を降らせる研究をしている「先生」が中心人物で、彼の語りで話は進む。といっても、山や谷があるストーリー展開ではなく、登場人物たちの哲学的な会話を含めた日常が静かに淡々と語られていくのだ。
 つむじ風食堂の無口な店主、体の右半分と左半分では白黒に色が分かれている猫「オセロ」、月舟アパートメントに住んでいる「雨降り先生」、古本屋の「デニーロの親方」、イルクーツクに行きたい果物屋の若主人、不思議な帽子屋・桜田さん、背の高い舞台女優・奈々津さん。
 なんだか夜中のひっそりとした町の中を歩いているような、そんな読み心地。明るいざわめきも華やかな嬌声もなく、しんとしてふと空を見上げたくなるような。そんな感じだから「ここが面白い!」というのはないんだけど、ラスト三行にはやられたと思った。余韻が残る終わり方。
2007.05.21 Monday * 16:00 | 国内その他 | comments(0) | trackbacks(0)
* 『夏期限定トロピカルパフェ事件』米澤穂信
評価:
米澤 穂信
東京創元社
¥ 600
(2006-04-11)
 それはまるで、綿菓子のよう。甘い嘘を膨らませたのは、ほんの一つまみの砂糖。(本文より)

 『春期限定いちごタルト事件』に続く、小市民シリーズ第二作目。あちらでは高校に入学した時点から話が始まっていましたが、こちらではもうふたりは高校二年生。すると次作は三年生、次々作では卒業後が描かれるんでしょうか。(「春期」「夏期」ときて、今夏には「秋期」が出るそうだから当然「冬期」で終わりますよね?)

 「春期」での出来事以降、鳴りを潜め……いやいや、小市民として慎ましく過ごしていた小鳩くんと小佐内さん。今回は小佐内さんの提案で<小佐内スイーツ・コレクション 夏>を夏休み中に巡ることに。そんな中、小佐内さんの分のケーキをつい食べてしまった小鳩くんの話「シャルロットだけはぼくのもの」、健吾が残した図を読み解く「シェイク・ハーフ」、小鳩くんが健吾の泣き言に付き合う「激辛大盛」、そして小佐内さんが誘拐されてしまう「おいで、キャンディーをあげる」などの出来事が起こります。バラバラに見えてその根底にあるもうひとつの流れ。前作には章立てがなかったけど、今回はそれぞれ第○章と章立てがついているので、長編として読んでいいのかな。

 「シャルロットだけはぼくのもの」での、小鳩くん対小佐内さんの微笑ましくも緊張感のあるやりとりは、なかなか面白かった。「春期」での「おいしいココアの作り方」みたいな、こういうことをしっかり本格にするとは……というお話。
 しかし、なんといっても本書最大の読みどころであり肝であるのは「おいで、キャンディーをあげる」から「スイート・メモリー」の流れでしょう。これについてはネタバレしないようなにも語れないのがつらいけど、なんていうかまさかこういうラストになるとは思いもよらず……。「シリーズ二作目なのに、ええ!?」というのが読後の第一声。でも、私も小鳩くんと同じ意味で小佐内さんを信じていたので、ラストはまったく予想外ながら、それ以前の出来事は想像していました。でも、こうなるとは……。
 ラストまで読んでまた最初から読み返すと、些細なことや言動が重要な伏線となっていたことがわかります。わかって読むと、各章立てのタイトルがまたとても内容に合っているんですよ。それまで普通に読んでいたその裏の意味とも合っている。そしてせつない。冒頭でなにか起こりそうな不穏な空気を感じていたはずなのに、いつの間にか日常の謎でのんびりとしてしまい、最後にガツンとやられた感じ。

 どうなるんでしょう、この続きは。そして「小市民」であることにこだわってきたふたりは。そもそも「小市民」とは、結局のところなんなのか。続きが早く読みたいです。

【収録作】
 序章 まるで綿菓子のよう
 第一章 シャルロットだけはぼくのもの
 第二章 シェイク・ハーフ
 第三章 激辛大盛
 第四章 おいで、キャンディーをあげる
 終章 スイート・メモリー
2007.05.18 Friday * 23:04 | 米澤穂信 | comments(4) | trackbacks(1)
* 『春期限定いちごタルト事件』米澤穂信
 ぼくは気づいたんだよ。
 誰かが一生懸命考えて、それでもわかんなくて悩んでた問題を、端から口を挟んで解いてしまう。それを歓迎してくれる人は、結構少ない。感謝してくれる人なんて、もっと少ない。それよりも、敬遠されること、嫌われることの方がずっと多いってね!(本文より)

 様々な軋轢を生んでしまう自分たちの性格を改善し、「小市民」として慎ましく生きていこうと心に決めた小鳩くんと小佐内さん。高校入学を機に小市民としてデビューしようとするけれど、どうしても顔を覗かせてしまう性質をぐっと押さえ込んだり、時にはちらっとだけ漏洩させてしまったり。かてて加えて、小市民たるために己の能力や資質を使わねばならないこともあり、なかなかにその「小市民の星」を掴むことは難しい。

 本書では、同級生の盗まれたポシェットを探す「羊の着ぐるみ」、同じ絵が二枚描かれた謎を推理する「Your eyes only」、どうやっておいしいココアを作ったのかを考える「おいしいココアの作り方」、テスト終了間際に落ちて割れたドリンク瓶の話の「はらふくるるわざ」、盗まれていた自転車が道に乗り捨ててあったことから考え詰めて驚きの事実を掴む「狐狼の心」の5編が収録されている。
 それぞれのタイトルに章立てがついていないから連作短編集なんだろうけど、ラストの「狐狼の心」にくるとそれまでのこじんまりとした日常の謎の積み重ねが大いに効いて、ひとつの話にも読める。そして、それまでの小鳩くんと小佐内さんのキャラクター造形がくるっとひっくり返されて面白い。特に小佐内さん。些細なことから大きな事件へと辿り着くのも「おお〜」と思わせる。
 意外性で言うなら、「おいしいココアの作り方」。真相の意外性ではなく、「こういうネタでも本格ものが書けるんだ!」というびっくり感。まさかココアの作り方ひとつで、こんなに理詰めに物を考えることになろうとは(笑) でも楽しくて気持ちのいい一遍でした。オチも微笑ましい。
 ふうむ、ふたりの中学時代の話が読みたいなあ。探偵役として遺憾なくその才能を発揮していた小賢しい小鳩くんと、諸々の行動的な面を発揮していたちょっと怖い小佐内さん。どんな経緯でふたりが「小市民たれ」と心に誓うようになったのか。知りたいけど、打ちのめされる小鳩くんを見るのは可哀相か。
 本書のタイトルにスイーツ名が入れられているように、話の中にも甘いものがふんだんに出てきます。小佐内さんが大の甘いもの好きなようなので。それは彼女の本質をカモフラージュし、そしてまた一見甘くコミカルに書かれているように見えるこの本の、どこかせつないような痛いような雰囲気をも覆い隠しているように見えました。

【収録作】
 羊の着ぐるみ/Your eyes only/おいしいココアの作り方/はらふくるるわざ/狐狼の心
2007.05.17 Thursday * 13:25 | 米澤穂信 | comments(0) | trackbacks(4)
* 『The MANZAI 3』あさのあつこ
評価:
あさの あつこ
ジャイブ
¥ 567
(2006-09)
 何を知り、何を覚え、何を忘れたら、人は、本当の大人になれるのだろう。(本文より)

 前巻から引き続いて秋本の求愛(漫才の件)を拒否し続けている歩。この巻ではなかなか話が進まなくて、ちょっと停滞気味。しかし停滞しているのは状況だけで、歩の心の変化はかなりあったと思います。それと、友情なのか恋愛感情なのかよくわからないと言っていた秋本の言動が、確実に友情以上であることはよくわかりました。ま、恋かっていうと、それもまたどうでしょう、という余地は残されているんだけど。恋じゃなくても特別な、運命の相手っているでしょうし。
 歩は一巻からずっとメグこと萩本恵菜に淡い恋心を抱いていて、今回彼女のらしくない言動を心配して見守っているんだけど、その時歩が彼女に対してしてあげたいと切に思ったのと同じことを、前巻で秋本が歩にしてくれてるんですよね。読者が「あれ?これって……」とデジャヴを感じたのとほぼ同時に、歩もそれに気づいたような。だから、自分は出来なかったその行為をさりげなく自然にしてのけた秋本に「おれのこと、好きか?」と聞いたのでしょう。今更聞かなくても、もう何度も聞かされた言葉を確認するように。
「下心ってのは、必要や。おれは、確かに下心で今回の会議に参加したし、夏祭りをやりたいと思う。呼びたいなら、おれのことを下心の帝王とでも呼んでくれ」(本文より)

 下心の帝王おめでとう!(笑) この巻はそれに尽きました。私としては。まさか彼があの場でああいう言動に走るとは予想がつかんかった……。歩と一緒に「ちょっと待て、落ち着け」と思っちゃった。いや、あっぱれですよ。やったね。そしてある決意をした彼には、闘いが始まるのでしょう。親や先生を説得せねばならんことでしょう。でもきっと彼ならやれると思う。がんばれ。

 まだまだ続きそうな終わり方。夏祭りの件も、メグの父親の件も棚上げのままだし。ここで一段落なのかは知りませんが、続きが出てくれるのを期待して待ちたいと思います。
2007.05.15 Tuesday * 17:53 | 国内その他 | comments(0) | trackbacks(0)

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