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評価:
米澤 穂信
角川書店
¥ 1,680
(2005-07)
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絶望的な差から期待が生まれるというのが妥当とするなら、俺はどんな方向でも差に気づいてさえいないようだ。身を震わせるほどの切実な期待というものを、俺は知らない。憧れを知らない。眼下に星を持たない。
……それともいつか、俺にもその「順番」がまわってくるだろうか?(本文より)
「古典部」シリーズの三作目。いよいよ始まった神山高校文化祭、通称「カンヤ祭」。一作目の『氷菓』ではこのカンヤ祭の名前の由来を解き明かし、二作目の『愚者のエンドロール』では文化祭に出品される自主制作映画についての謎が語られていました。それを読んできていたので、この三作目で賑々しく開催されているカンヤ祭に冒頭からワクワク。謎解きもありますが、なによりもこの文化祭の雰囲気を楽しみました。妙な活気と慌しく浮き足立った独特の雰囲気。文化祭っていいですよね。中でも野外でのお料理バトルは面白かった〜。みんな、なかなか料理できるじゃないですか。私高校生のときにこんなに料理できませんでしたよ。……まあ、それは今でもか。天文部の宇宙人的感覚の料理が気になります(笑) 味は? 味はどうなの?
えー、そんなこんなでお料理バトルやマジックショーやらいろんな出し物を読者も楽しみながら、その中で起こる連続盗難事件に嵌りこんでいきます。
と、その前に。
前作で文化祭に古典部として発行することに決定した部誌の「氷菓」が、ちょっとした手違いで30部印刷の予定をはるかに上回る200部が刷り上ってしまい、古典部メンバーはなんとかそれを売り切ろうと奔走します。里志はいろんなイベントに顔を出して古典部と「氷菓」をアピールすることにし、部長である千反田はさまざまな伝手を辿ってお願いに周り、ホータローは部室で店番。摩耶花は今回漫研のほうで結構シリアスな状況に陥っているので、あまり古典部に顔を出さないのですが、今回古典部部室に詰めているホータローが一番出番が少ないので、摩耶花は逆に出番が多くなっています。漫研内部の派閥揉めに関する描写が出てくるんだけど、ああいうことってあるあると思って読んでました。どの団体でも人が複数集まれば自然とできてしまうものなのか。当事者になると大変だけど、分かっていても黙ってられずに意見を言ってしまう摩耶花が彼女らしい。
語り手が古典部メンバーそれぞれに満遍なく振り分けられ、今までその内面をよく知ることのなかった里志や摩耶花らの視点が珍しかった。特に里志については、いつも飄々としていてふらふらとあちこちに顔を出したりホータローを焚き付けたりしている裏で、こんな風に見ていたのかというのがよくわかりました。ホータロー視点だと一体なにを考えているのやらという、ヘラヘラした人物に見えていた里志も、内面ではいろいろと複雑ですね。摩耶花に対する気持ちとか、ホータローに対する気持ちとか。
唯一、千反田だけが裏も表もない、いつものまんまの彼女でそれが笑いを誘います。そのままの彼女でいて欲しいような、これからなにか一石を投じる出来事があってその内部が変化するさまを見たいような。ちょっと未知数な感じ。
そして、件の連続盗難事件。各部活やサークルから盗まれるちょっとした物が、ひとつのメッセージとして明かされるラストと、それまで摩耶花や里志視点のときに語られていた諸々とかオーバーラップし、ホータロー単体での謎解き場面のはずなのに物語全体と重なり合ってひとつの奥行きあるほろ苦さを醸し出していました。おお〜、お見事。
高校時代ってキラキラして無限の可能性を秘めた希望の時って感じがするけれど、決してそれだけじゃないですよね。可能性はあるけれど、自分に出来ることとやりたいことの狭間や限界を感じ取ってしまう、挫折を知る時期でもある。
すべて読み終えて本を閉じたとき、このタイトルの秀逸さに唸りました。いいタイトルだ。
あ、作中にアガサ・クリスティの『ABC殺人事件』に言及する部分があるので、未読の人はご注意を。そしてこれはシリーズ前二作を読んでから読むことをオススメします。単体でも読めるけど、これまでの経緯を知ると知らないとでは魅力が半減してしまうかも。
ところで、『愚者のエンドロール』ではアントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』、本書『クドリャフカの順番』ではクリスティの『ABC殺人事件』が出てきましたが、このシリーズ名の「古典部」ってのはもしかしてミステリ黄金期、いわゆる本格古典ミステリに絡めてあることと関係あるのかな? 『氷菓』にはこれといった作品へのオマージュは感じられなかったけど、ホームズやルパンその他の古典作品を登場人物たちが読んでいるかどうかについて言及はしてましたよね。で、ホータローが読んだ本(多分、東京創元社の創元推理文庫)のことを聞いて里志が「堅実なラインだね」なんてこと言ってたし。だとしたら、これからもこのシリーズにはちらっちらっと懐かしい古典名作のタイトルやなんかが出てきてくれたりして、古典ミステリ好きな私はそのたびに嬉しがると(笑) ちょっと穿った見方でしょうか。古典部の名前の由来もそのうち明かされるかな。
【このシリーズの感想】
『氷菓』(シリーズ一作目)
『愚者のエンドロール』(シリーズ二作目)
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