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評価:
沢村 凛
幻冬舎
¥ 1,680
(2007-10)
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自分はなぜ生まれてきたのか。
なすべきことをなすためだ。(「ススキ野に吹く風」より)
素晴らしい物語でした。元は同じ一族でありながら、対立し合い百数十年以上争いが絶えない二つの民族、鳳穐(ほうしゅう)と旺廈(おうか)。現在、翠(すい)の国の主であり鳳穐の頭領、十九歳の櫓(ひづち)と、幽閉の身であり旺廈の頭領、十五歳の薫衣(くのえ)。このふたりが対面するところから物語は始まります。若いながらも聡明で思慮深い櫓は、囚われの身でありながらどこか人を惹きつけるものを持っている薫衣にある提案をします。
曰く、「鳳穐と旺廈をひとつにしよう」と。
彼らの生まれるずっと前から続いている争いをやめさせる方向へ国を導いて行こうと、櫓は辛抱強く説得します。けれど、既に身中を流れる血にさえ憎しみの遺伝子が受け継がれているふたつの民の戦いは、そう簡単に止むものではありません。まずそうせねばならないと誓ったふたりからして、己の進む道に苦しみます。それはもう、見ていて痛ましいほどの労苦です。誰にも理解されない、それどころか誤解され蔑まれ嘲られ憎悪の視線を向けられるばかりの人生が続きます。表立っては櫓が国王として政を治め、薫衣はあくまでも虜囚の身。王としての孤独や決断に苛まれる櫓と、名を捨て、櫓の妹を娶り、敵である鳳穐の民だけでなく自らの一族にさえ裏切り者、臆病者と謗られる薫衣。十九歳と十五歳で出会ってから二十年以上の、人知れぬ苦闘の歴史が描かれます。
ファンタジーではありますが剣と魔法の物語ではありません。派手な戦闘シーンもありませんし、特殊な能力やきらめく美貌の登場人物たちが活躍するでもありません。だけど、このふたりの物語から目が離せないんですよ。というより、この世界から出てこれない。ふたりの行く末とこの国の向かっていく方向を見届けずにはいられない。何代も続いてきた戦いに終止符を打つというのは、彼らふたりが一代で成せるほど容易い溝ではないのです。
なすべきことをなす――この一見単純に見えることが、どうしてこんなにも難しいのでしょう。目の前の憎しみよりも百年先の民の幸福を目指す道は、あまりに険しい。これでもかというくらい主人公達に苦難が降りかかります。まるで殉教者のよう。他の誰にも理解されず、理解させず、互いだけがその意義を知っている。ふたりきりの戦いです。そしてどこまでも続くと思われたそれも終わりを迎えます。まるで付け足しのように素っ気なく置かれた最後の一文が、かえって胸に迫りました。
表紙の片山若子さんのイラストに惹かれて手に取ったんですが、読んでよかった。良い意味で裏切られました。この愛らしいイラストのイメージとは違った、重くシリアスな物語でした。読後表紙をもう一度見ると、重く垂れ込めた雲が晴れるような、爽やかな風が吹きぬけるような、そんな感じがします。
初読みの作家さんだったんですが、これから追いかけたいと思います。
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