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評価:
三崎亜記
光文社
¥ 1,470
(2008-03-20)
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赤道上に、戦後最大規模の鼓笛隊が発生した。
鼓笛隊は、通常であれば偏西風の影響で東へと向きを変え、次第に勢力を弱めながらマーチングバンドへと転じるはずであった。(「鼓笛隊の襲来」より)
相変わらず変なシチュエーションを考える人ですね、三崎さん。好きだなあ。以前「王様のブランチ」のブックコーナーに出演してらした時に、「ガソリンスタンドで旗を振っている人」についても面白い発想をされてましたっけ。あの時話してらしたことがいつか文章になって読めるんではないかと、新作が出るたびに思い出します。本書は短編集なんですが、どの話を読んでも意外な設定や奇妙な歪みがあって飽きません。そして、短編で終わらせてしまうのはもったいないと思う設定のものもありました。
『となり町戦争』『バスジャック』『失われた町』に続く第四作目。
■鼓笛隊の襲来
まるで大型台風か災害のようにその上陸が報道され、上陸ルート上にある家屋の住人には避難勧告が出るという、鼓笛隊の襲来。主人公の一家だけは、おばあちゃんの言に従って避難せずにいたのだが……。
国が取った対策が、「オーケストラに鼓笛隊を迎え撃たせる」っていうのが笑えます。大変な事態らしいのに、どこかほのぼのしたおかしさが漂う。この鼓笛隊、読んでいるうちに「ハーメルンの笛吹き男」を思い出させました。だとするなら、主人公宅のおばあちゃんが取った対処法も納得。緊迫した冒頭から一転ほんわかした終わり方でした。これ、もっと長くして「過去に甚大な被害を生じさせた」と語られている「鼓笛隊二十六号」について書いて欲しいな。
■彼女の痕跡展
ある朝、目覚めと同時に恋人を失った喪失感を感じた主人公。けれどそれがどんな人物だったのかもわからず、付き合った人物がいたという痕跡すらもない。なんの記憶も思い出もないのに、ただ胸に残る喪失感。そんな主人公がある時「彼女の痕跡展」という展示に出会う。
初めての景色なのに妙に懐かしかったり、なにもないのに無闇に哀しくなったり。そんな時、デジャヴだとか郷愁だとかいう言葉を使ってなんとなくその感情を流してしまうけれど、もしかしたらそれには自分の失くしてしまった「過去」や「記憶」が関係しているのかもしれないな、と思わされたお話。私たちが語る思い出や過去は、必ずしも「完全な事実」ではないはずで、多かれ少なかれ欠損や装飾があるのだろうと思います。都合よく塗り替えられてしまうこともあるし。でもそれってきっと、その人にとって一番良い状態でいるための脳の働きなんでしょうね。全部が全部事実の通りに記憶されていったら、受け止めかねて辛くなりそうだもんなあ。
■覆面社員
この話は
『バスジャック』収録の短編「バスジャック」と同じ世界のお話でした。「バスジャック規正法」で激しい議論を見せる国会の中でひっそりと成立し施行された「覆面労働に関する法律」(通称「覆面法」)。労働者は覆面をつけて勤務する権利を有し、覆面をつけることで変わるのは見た目だけでなく、名前もキャリアも変わることになる。同僚の由香里が覆面をつけて出社したのを見て驚いた主人公だったが……。
ここで書かれている覆面は、差し替えられる言葉を探すとすると「建前」や「人にそう見せているもうひとつの顔」となるでしょうか。覆面をつけたことで変わるもの、換わらないもの、そして変わるためにつけた覆面がいつの間にか素顔になってしまうような感覚。素顔で勝負出来ればそれが一番いいけれど、どうしても押さえ込まなければいけない感情や衝動もあるから、結局覆面を被らずにはいられないかもしれませんね。
■象さんすべり台のある街
主人公が住む街の公園に新しい遊具が設置されるという。それが“象さんすべり台”だと知って主人公の幼い娘は喜ぶが、それは本物の象によるすべり台だった……。
公園が自治体管轄なのはわかっていましたが、そこに設置される象もまた役所の所属になるという発想は面白かったです。象の語り口がまた初老の男性のような哀愁を帯びていて、ラストの一文がそこはかとなく物悲しかった。
■突起型選択装置(ボタン)
主人公の彼女には、背中にボタンがあった。硬質な、明らかに人肌とは違う小さな突起。やがて主人公の前にボタンを管理しているという二人組みの男たちが現れる……。
彼女の背中のボタンを押したらいったいなにが起こるのか。気になる、気になるけど、もし私が主人公だったとしたら押すのは怖いかもしれない。ああ、でもやっぱり押してみたい気もするなあ。
■「欠陥」住宅
友人高橋に連絡がつかなくなった主人公が彼の家を訪ねると、細君が「見ることは出来るかもしれませんが、会うことはおそらく出来ないでしょう」と言う。訝しく思いながら家の中に入ると……。
例えば、高層マンションや大きなホテルにある多くの窓。そこから見える景色は階層や向きの違い以外にも、まったく異なるモノが見えているかもしれません。もしそうだとしたら、逆にその建物の内部はどういうことになっているでしょう。不変の存在なのか、それともそこすら刻一刻と変化しているのか。そんな状況でなくても、ふたりの人間がいたら、そのふたりが見ている景色が同じものであるという確証はないわけです。そう考えると、ちょっと不安でせつなくなりませんか。
■遠距離・恋愛
主人公とその恋人は、浮遊都市と地上の都市との遠距離恋愛中。隣町同士なのに、片方が上空に浮遊しているために、会えるのは数ヶ月に一度だけ。
「浮遊特区」となった都市の新産業などは三崎さんらしいリアルさがありました。そこに書き添えられた、その都市に伝わる浮遊伝承とご神木と少女の部分に惹かれます。話の本筋とはちょっと逸れたところなんだけど、ここの部分を別の話として読みたいなあ。このお話自体は、ロマンティックなものでした。
■校庭
娘の授業参観に出かけた主人公が見たのは、校庭の真ん中に建つ一軒の家。そして娘のクラスに居た、周りからまるで存在していないかの扱いを受けているひとりの少女だった……。
これは怖かったですねえ。はっきりとした怖さじゃなくて、読後じんわりと怖くなる話でした。もし自分の身に起こったら、そう考えると怖い。でもこれって、超常現象の怖さじゃなくて、社会性を剥奪される怖さかな。
■同じ空を見上げて
5年前の2月3日、763名の乗客と乗務員を乗せたまま忽然と消えてしまった下り451列車。それ以来、恋人の帰りを待ち続ける主人公。毎年2月3日になるとその現場に足を運ぶのだが……。
哀しいけれど前向きなお話でした。というか、ずっと同じ場所に立ち止まっていた主人公が、前に向き直るまでを書いたお話。諦めるにも前に進むにも、はっきりとしたなにかがないとなかなか動けませんよね。そういう意味では、忽然と姿を消してしまったという状況は、残された人たちにとっては残酷なものだと思います。どうしても一縷の望みを捨てきれない。でもどこかで折り合いをつけなければ、残りの人生を歩み出せない。ちょっと
『バスジャック』収録の「送りの夏」というお話と通じるものがある気がしました。
さまざまなシチュエーションの話が詰まっていて、三崎ワールドを堪能しました。
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