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評価:
大崎 梢
東京創元社
¥ 1,575
(2008-06)
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「出版社って、もとずっとライバル同士が火花を散らす間柄だと思ってました」
あるとき漏らしたぼくのつぶやきに、真柴さんが笑顔でこう答えた。
「争って得するものなど何もないよ。このご時世、売れる本はただそれだけで素晴らしい。互いに協力し合い、ベストセラーを一冊でも多く生み出していかないとね」(「新人営業マン・井辻智紀の一日 5」より)
<成風堂書店>シリーズでお馴染みになった大崎さんの新作。あちらは書店員さんが日常の謎を解いていくシリーズですが、こちらは出版社の営業マンが主人公。そしてやっぱり解くのは、本にまつわる日常の謎です。
私も書店でアルバイトをしていたことがありますが、個人経営の小さな本屋だったので大手出版社の営業さんが来ることは年に一、二度あるかないかでした。来てくれても正直、扱いに困るところもあったし。大きくない本屋でしたから、オススメされた本をそうそう何十冊も入れるわけにはいかず、かと言ってこちらが欲しい売れセンの本は出版社のほうも在庫がビュンビュン無くなるのでなかなか回してもらえないしで、お互いの望むところが一致しなかったんですよね。
加えて日頃から、客注が入って問い合わせの電話やFAXを送っても、なかなか返事が来なくてお客さんから「あれはどうなってるんだ?」とせっつかれて板挟みになったり、取次ぎ業者からの重たいダンボール箱を開けて目当ての本を探しても配本されていないばかりか、逆に「要りませんよ」という本が詰め込まれていたり、なんてこともあったもんだから、なかなか談笑に終始する状態にはなりませんでした。
この本を読んでいたらそんなことを思い出して、ちょっぴり羨ましくなりました。それに少々反省もしました。もっと営業さんに優しくしてあげればよかったなあ、と。ま、主に相手していたのは店長でしたけど。
本書には五つの連作短編が収録されています。埋もれていた自社本をたくさん売ってくれた店を訪ねたら、なぜか店主に冷たくあしらわれてしまう
「平台がおまちかね」、各社営業マンたちのマドンナ書店員の気鬱の理由を探る
「マドンナの憂鬱な棚」、新人賞の贈呈式直前に姿を消してしまった受賞作家を探す
「贈呈式で会いましょう」、児童書や絵本に力を入れて展開していて密かなファンもついていた書店の閉店理由と、その店の前に佇んでいた男の正体を調べる
「絵本の神さま」、各社営業マンたちが自社本と他社本両方のオススメを選出しそこに添えるポップを競う
「ときめきのポップスター」。これらの謎で出会った明林書房新人営業マンの井辻智紀青年が、会社の先輩吉野や他社の営業マン真柴らの協力を得て、真相に気づくという内容。
「絵本の神さま」がいい話だったなあ。それと、「贈呈式で会いましょう」も好きです。この中の受賞作家さんは、良い作家になるんじゃないかなとスピーチの場面で思いました。もうひとり出てくるダンディな老紳士も素敵。もしこの本がシリーズ化したら、このふたりは今度も何度かお目見えしそうですね。ていうか、出てきて欲しいです。
本筋とは少し逸れますが、本書の中で井辻君が大好きな架空のお話「名探偵・宝力宝(ほうりきたから)シリーズ」を読んでみたいです。「贈呈式で会いましょう」で贈呈される賞も、「宝力宝賞」なんですよね。イメージ的には、鮎川哲也氏の星影龍三か、乱歩の明智小五郎あたりで想像してます。
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