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評価:
有栖川有栖
光文社
¥ 1,680
(2008-07-18)
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夢は、胸に抱くか背負うのがいい。それならば、投げ棄てても拾いに戻ることができるし、棄てた夢が追ってくることもあるだろう。小船に乗せてはいけない。(「幕間」より)
火村准教授と作家アリスのシリーズ最新作。二本の中編「猿の左手」と「残酷な揺り籠」を「幕間」で繋いだ連作長編(?)てことになるのかな。まずは本筋とは関係のない部分から。火村先生の肩書きが「助教授」から「准教授」へかわってました(笑) 以前ニュースで、学校教育法改正によるこの呼称変更の話を聞いたとき、まっさきに思ったのは「じゃあ、火村は准教授になるのかあ、なんか響きが……」でした。でもまあ、慣れですよね。
今作では新キャラとして女刑事が登場しました。今後もこのシリーズにレギュラーとして出るようですね。新しい登場人物は、既に固まっている諸々のことをひっくり返すのにちょうどいい存在。例えば彼女が指摘した「火村がネクタイをいつもゆるく結んでいる理由」については、「おっ」と思いました。アリスだともういちいち疑問にも思わずに「それが火村だから」で流してしまうところを、彼女の目でこれからもツンツン突いていくのかな。そしてやがて、ある意味このシリーズの一番の謎である「火村の過去」へと繋がるのでしょうか。
内容のほうは、有名な怪奇小説ウィリアム・W・ジェイコブズの「猿の手」がモチーフ。三つだけどんな願いでも叶えてくれる「猿の手」、しかしそれには大きな代償を伴う――という話です。有栖川さんと北村薫さんの間で交わされた「猿の手」の解釈の違いが、そのまま話の中に出てきます。事件の解決そのものよりも、この「猿の手」談義の部分のほうが面白かったな。私は既読だったのでそのまま読んでしまいましたが、「猿の手」が未読でネタバレされたくない人は、この部分は読まないよう注意したほうがいいかもしれません。ネタバレされてから読んでも充分面白い小説ではありますが、やっぱりまっさらな状態で読んでから、この作品で「猿の手」について解釈しているところを読んだほうが楽しめると思うので。逆に「猿の手」を読んでいなくても、本書を読むのになんら支障はありません。
火村とアリスが今回立ち会ったのは、大阪湾に水没した車の中から出てきた男の死体に高額な保険金がかけられていた「猿の左手」と、その二年後に起こったある夫婦が睡眠薬入りワインを飲まされ昏倒していた間に家の中で若い男が射殺されていた「残酷な揺り籠」のふたつの事件。事件としてはふたつだけれど、共通した登場人物がいて前半後半に分かれた長編とも取ることが出来ます。
この人物が「妃」なんですが、なかなか特異なキャラクターです。若く見える40代の女性で、若い男性たちを集めてサロンのような場所を提供しているんですよ。傍から見たらツバメを侍らせているようにも見える。彼女に対して女性嫌いの火村がもっと皮肉をバンバン投げつけるかと思って読んでたんですが、火村先生も大人になられて、表面上は穏やかに話が進んでいきました。
フーダニットよりもハウダニット&ホワイダニットなお話。
第一の事件と第二の事件の間にどんな心境の変化があったのかわかりませんが、物語終盤の場面へと繋がるのには、内面の変化を思わせる描写がちょっと足りないと感じました。ラストの火村の台詞でその部分をかなりカバーしているにしても。
トリックについては、「残酷な揺り籠」のほうが楽しめました。でもあれって、警察(鑑識)はアレを調べなかったんでしょうか。令状がないと調べられないのかな。
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