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評価:
綾辻行人
メディアファクトリー
¥ 1,659
(2008-02-27)
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京都がモデルと思われる町に住むミステリ作家の主人公と、そこで起こる不思議な出来事や彼のかかりつけ病院の医師達の不可解な言動などを描いた作品。梨木香歩の『家守綺譚』や夏目漱石の『夢十夜』の雰囲気に近い感じ。現実と異界のあわいを漂っているような雰囲気の怪談集。連作長編になるのかな。シリーズ化しそうなことが後書きにありました。
私はこれ好きですねー。全体的に筆を押さえた感じで、あえてはっきりと描写せずに読み手に想像させるところとか、明確な答えを出さずに物語や主人公がふらふらと彷徨っているところとか。
■「顔」
ひどい眩暈に襲われた作家の「私」が駆け込んだ深泥丘病院。検査入院している間に聞こえてきた「ちちち……」という奇妙な音は――。
■「丘の向こう」
石倉医師の奨めで散歩をしていた「私」。ある時散策していた遊歩道の先に鉄道マニア達が集い、やがてすごいものが現れた――。
■「長引く雨」
雨が長引くと「良くない」と、周囲の誰もが囁き合っている。過去の水害の話を聞いたが、なぜかここに長く住んでいるはずの「私」は何も知らない。タクシーに乗っていると、ある物を目にして――。
■「悪霊憑き」
自宅近くの川で女性の水死体を発見した「私」。その死体は顔見知りで、しかも悪霊に取り憑かれていると噂されていた女性だった――。
他の話とちょっと違って、ちゃんとしたミステリでした。東京創元社の『川に死体のある風景』にも収録されてるんですね。でも、この本の流れの中で読んだほうが背景がわかっていいかも。正確に口に出してはいけない名前をもつ怪物の話も出てきて、H.P.ラヴクラフトのクトゥルー神話をも思い出させます。
■「サムザムシ」
「私」の虫歯が痛み出して――。
これはちょっと気持ち悪かったですね。虫歯治療をしたことのある人なら「ああ、ああ、ああ〜…」と、なんかこう背筋がむずむずぞわぞわするんじゃないかと。とある場面の「私」の口中を想像して「うわあぁぁぁ……」となりました。いくら一生ものでも嫌だー。
■「開けるな」
「私」の妻が買ってきたお土産「発掘キット」から出てきた、ある物。その晩から、奇妙な夢を見続ける。
これはオチが面白かったです。ある方向に向かっていくと思っていた話がこっち側にきたか、と。くるっと裏返されるというか、反転する感じがどことなくユーモラスで面白い。
■「六山の夜」
町の伝統行事「五山の送り火」の日。石倉医師に誘われて深泥丘病院の屋上で見ることになった「私」。今年は何年かに一度の「六山の送り火」らしい。なんという文字が炊かれるのか知らされない六山目に点火された瞬間、「私」をまた強烈な眩暈が襲う――。
■「深泥丘奇術団」
深泥森神社の秋祭りの日、病院で行われた奇術ショーで、「私」は壇上に上げられ箱の中に入れられるのだが――。
ここでもまた正確に名前を言えない怪物の名前が出てきて、「私」がどうなってしまったのか、いろいろと想像してしまいます。
■「声」
夜中になると家の近所から聞こえてくる奇妙な叫び声。その正体を確かめるべく妻と二人で懐中電灯を手にこっそり見に行くと――。
話が繋がりましたねえ。繋がったけれど、謎は増すばかりという。
ひとつひとつを見るとどの怪異もきちんと解明されずに中途半端で放置されているように見えて、全体を通して読むと妙にしっくりくるというか、受け入れてしまいます。出来事の不思議さともうひとつ、登場人物たちの不思議な言動も気になってしょうがないんですが、これも辻褄を合わせていないからかえって頭の隅にこびりついている感じ。
例えば「私」のかかりつけ医は内科の石倉医師(一)ですが、他の科に石倉医師(二)、歯科医院にも石倉医師(三)という人物がいたりします。そもそも「私」の妻からしてもう謎な人。この町のいろんなことを知っているのに「何十年も住んでいて、そんなことも知らないの?」とはっきり教えてはくれません。語り手の「私」も、どうして妻より長くこの町に住んでいてなにも覚えていないのか。時々強烈な眩暈に襲われるのはなぜなのか。
明確な答えを望む人は、フラストレーションが溜まることでしょう。私はこのうやむやな感じが面白く読めました。
それにしても凝った装丁です。表紙も中表紙も挿絵も後書きも奥付も。本文の内容と非常に合っていて、全部ひっくるめて作品になっています。いいなあ、すごいなあ、と思って読んでいたら、デザインは祖父江慎さんなんですね。続編が出たら、内容もそうですが、装丁もまた期待しちゃうなあ。
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